政治家のうら金と罪責

 政治で、うら金をためこむ。そのことで、政治家はつかまらない。その代わりに、秘書や(はばつの)会計の責任者が罪を問われている。

 うら金をためこんでいたのは、派閥(はばつ)にぞくする政治家たちだ。それなのに、政治家は罪をまぬがれて、秘書や会計の責任者が罪を問われるのでよいのだろうか。

 罪とばつがある。それらのつり合いがある。矯正(きょうせい)の正義だ。二つの項(こう)である罪とばつのつり合いをとって行く。組みではなくてふ分けしてみると二つの項であり、罪は罪で、ばつはばつだ。

 罪とばつのそれぞれの項はもとは別々のものである。二つの項を結びつける。応報律(おうほうりつ)だ。物語である。

 物語であるのが応報律だ。自然なものではない。人為や人工で構築されたものである。どういう時代なのかやどういう場所なのかによって変わって行く。変えられるものではある。たとえば法律の制度を(良く、または悪く)変えるなどができる。

 かつては戦争は合法だった。違法とは言えなかった。いまでは、戦争は違法である。合法ではない。国際の法ではいちおうそうなっている。戦争観の中での、違法戦争観だ。そこまで文化が進んできたのである。

 人の文化が進歩して、いまにいたる。文化のもつ力が高まって、いまにいたる。いがいと文化の力は(弱いようでいても)あなどれない。そういったところもなくはない。

 与党である自由民主党の派閥にぞくする政治家たちは、うら金をためこんでいた。最大の派閥である安倍派などの政治家たちである。

 うら金をためこむ。それじたいではないけど、それに関してうそをつく。そのうそを軽んじないようにしてみたい。政治家がつくうそを重く見てみたい。

 政治家は、しばしばうそをつく。なぜかといえば、政治家は表象(representation)だからだ。国民そのもの(presentation)ではない。

 心の中の像(image)を外に表現したものなのが表象だ。

 そのまま丸ごとうのみにはできづらい。政治家が言っていることは、丸ごとうのみにはできづらいのがある。

 うそをつく。うそをついた政治家は、針千本を飲ませられない。政治家はうそをついても針を一本も飲まなくてすむ。その代わりに、秘書や会計の責任者が針を千本飲まされている。いまはこういう状況だろう。

 うそをついた政治家に、針を一本も飲ませない。日本の政治はそうなってしまっている。政治家よりも下の地位の人が、政治家の代わりに針を千本ほど飲ませられることになる。

 どういうふうであるべきか。日本の政治がどういうふうであるべきかといえば、まず、うら金をためこまないあり方にするべきなのがある。政治のお金が不透明なのを透明化して行く。

 政治のお金を透明化して行くようにするだけではなくて、政治家のうそを批判して行く。報道が、うそ発見器としてはたらくようにすることがいる。

 うら金のことで、政治の刷新(さっしん)の本部をさだめたのが自民党だ。政治を刷新することはいらないわけではないが、政治を改めて行くには、日本を信頼の社会にして行くことがいるだろう。

 政治を刷新することにおいて、日本がいかに信頼の社会に移行することができるかがある。いまのところ信頼の社会に移ることができていないのが日本だろう。

 なんでいまの日本は信頼の社会に移れていないのかといえば、ひとつには報道がうそ発見器として働いてきていないからだ。うそ発見器としての働きが弱くて、機械がこわれているようなのが日本の報道である。(がんばっている報道の機関も中にはあるが)きびしく見なせばそう見なすことがなりたつ。政治家がうそを言いたいほうだいになっているのである。

 うそ発見器の機械がこわれてしまっている。日本ではそうなってしまっているから、うら金のことでも自民党の政治家はうそを言うことが平気でできてしまっている。そこを改めて行かないとならない。

 政治でうそをつく。白いものを黒と言う。上の地位の政治家がうそをつくと、国民に大きな害や損がおきかねない。戦争を平和だと言い、不正を正義だと言い、強制を自由だと言う。悪いものを正しいのだとしてしまいかねない。

 機械がこわれていて、きちんと作動しない。うそを見ぬく機械(報道)がきちんと作動していないと、うそをついた政治家(猫)の首に鈴をかけられない。ねずみたちが、猫の首に鈴をかけられなくなる。社会の矛盾(dilemma)がつづく。矛盾が片づかない。

 日本の政治をさっしんして行く。その中で、日本を信頼の社会にして行く。信頼の社会に移して行く。

 報道がうそ発見器としてはたらくようにして行く。政治家がうそをついたさいに針を(千本とは行かずとも)できるだけ飲ませて行きたい。上の地位の政治家のうそはとくに針を多く飲ませるべきだ。

 いまの日本はあるべきあり方とは逆であり、上の地位の政治家ほど、うそをついても針を飲まなくて良いようになってしまっている。このさいの上の地位の政治家とは、政党でいえば自民党といってもよい。自民党の政治家であれば、うそを言っても見のがされる。甘えの構造だ。

 政治のさっしんで、政治家は表象なのをくみ入れる。表象であるところの政治家にたいして批判をどんどんして行く。表象なのが政治家であり、うそをつくことが少なくない。どんどん政治家を批判して行って、どんどんうたがって行く。

 政治家を全否定しなくてもよいけど、批判するのとうたがうことはどんどんしたほうがよい。日本ではそれらが足りないのがある。政治家を批判するのとうたがうのを十分にやって行くようにすることが、日本の政治をさっしんして行くことにつながる。

 批判して行くのではなくて、冷笑する。権力に寄生する冷笑主義(cynicism)だ。冷笑主義が強いのが日本である。冷笑主義が強いのを改めて行く。日本の政治をさっしんする上でそれが欠かせない。冷笑主義者がはびこっているのが日本のテレビの世界などだ。権力のたいこ持ちだ。

 権力のたいこ持ちが多い。冷笑主義者が多いと、独裁主義になってしまう。いまの日本の政治は独裁主義になって行っている。国の政治が右傾化して行っているのである。それは権力に寄生する冷笑主義が強いのがわざわいしている。そこを改めて行く。政治家をどんどん批判してうたがって行く。それで政治をさっしんして行くようにしたい。

 参照文献 『うその倫理学』亀山純生(すみお) 『日本語の二十一世紀のために』丸谷才一 山崎正和 『徹底図解 社会心理学 歴史に残る心理学実験から現代の学際的研究まで』山岸俊男監修 『信頼学の教室』中谷内一也(なかやちかずや) 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『現代思想を読む事典』今村仁司編 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『うたがいの神様』千原ジュニア罪と罰を考える』渥美東洋(あつみとうよう) 『法律より怖い「会社の掟」 不祥事が続く五つの理由』稲垣重雄 『政治家を疑え』高瀬淳一 『右傾化する日本政治』中野晃一(こういち) 『本当にわかる現代思想』岡本裕一朗 『法哲学入門』長尾龍一 『日本の刑罰は重いか軽いか』王雲海(おううんかい) 『構築主義とは何か』上野千鶴子編 『戦争の克服』阿部浩己(こうき) 鵜飼哲(うかいさとし) 森巣博(もりすひろし)