きょくたんすぎるとよくない。政治に悪くはたらく。
二大政党の問題をみて行く。与党が野党を否定しすぎると政治にどう悪くはたらくのか。
アメリカの共和党がある。いまアメリカの共和党は国の権力をにぎる。ドナルド・トランプ大統領だ。まえに国の権力をにぎっていたのが、民主党のジョー・バイデン前大統領だった。
いっさいまちがっていた。何もかもがまちがっていた。トランプ大統領は、バイデン前大統領がやっていたことはすべてまちがいだったといったとらえ方をしている。民主党は一〇割においてだめだった。
あんまりほかの政党を否定しすぎると、自分たちの政党にも悪くひびく。そこまでほかの政党のことを否定してしまうと、きょくたんにおちいり、中正にならない。中正で建設性がある話し合いがなり立たなくなる。
あるていどまともなことを、いまのアメリカの共和党がやるのならよいけど、そうではない。二大政党制のもう一つの政党である民主党のことを否定しすぎると、その反動によって、いま力をもっている共和党のことも頭から否定しなければならなくなる。肯定しすぎから否定しすぎへとむかう。否定しすぎから肯定しすぎへと向かってしまう。
ほどほどに肯定して、ほどほどに否定する。きょくたんにおちいらないようにすれば、二大政党制はもちやすい。ほかの政党のことを否定しすぎてしまうと、野党の存在の理由が失われてしまい、与党だけの独裁と化す。
野党の存在の理由を失わせてしまうと、どこの政党が野党になったさいにも、それの存在する理由をもてなくなる。自分たちの政党がもしも野党になったさいに、あるていど存在する理由をもてるのかどうかを、つねにくみ入れておかないとならない。普遍(ふへん)化の可能性の試し(test)だ。立ち場や視点の反転の可能性の試しである。
線をかたむかせる。線をすいちょくに立ててしまうと、基礎づけたりしたて上げたりすることになる。垂直に立てるときょくたんでありやりすぎだ。アメリカのトランプ大統領はきょくたんさにおちいっている。
すいちょくに立てるのではなくて線をかたむけさせると二大政党制は保ちやすい。与党にも悪いところはあるし、野党にもよいところがある。いまの与党には悪いところがあるし、いぜんの与党(いまの野党)にもよいところがあった。かつては与党だったけどいまは野党に転落した政党にも、よいところがなくはなかったのである。
特殊なあり方なのがきょくたんなあり方だ。中正さを欠く。建設性がある話し合いがなり立たない。アメリカだと、共和党と民主党とのあいだで意味のある話し合いがなり立ちづらい。すべて悪いことは前にになっていた民主党であるバイデン前大統領が悪かったのだ、と一方的に決めつけることになる。
二つの政党のどちらもがいくらかはまちがっている。いくらかは正しく、いくらかはまちがっている。そうできるのが二大政党制だろう。まちがい主義(fallibilism)によって行く。どちらかの政党だけが正しいのだったら、まちがい主義によっていないことになり、二大政党制によることはそもそもの話としていらなくなる。
すぐに真理にはいたれない。まちがいを経ながら、少しずつそのまちがいの量を減らして行けるのにとどまる。じょじょにまちがいの量を減らして行くことしかできないのにもかかわらず、どちらかはまったくまちがっていなくて、もう一方は完全にまちがっているのだといったことだと、きょくたんすぎるありようだ。
第一の道を行くだけだと、第二の道がくみ入れられなくなる。二つの道があって、それのうちのどちらかだけが正しくて、もう一つの道は一〇割においてまちがっているのだとするのはやりすぎだ。二つの道をくみ入れたうえで、それらのあいだの矛盾を片づけて行く。第三の道を創造する。その方法が西洋の弁証法(dialectic)だ。
方法論として第三の道を創造するのをさぐるのが二大政党制だろう。第一の道だけが正しいのだとするのは、二つの政党のどちらにも悪くはたらく。二つの政党のどちらにもわざわいする。第三の道を創造することができなくなってしまう。
自分たちがされたくないことを相手にもやらない。黄金の決まり(golden rule)だ。普遍の黄金の決まりを守れていないのが日本とアメリカの政治だろう。二大政党制のうちのもう一つの政党である野党のことを否認しすぎている。野党を承認するのをこばむ。野党を承認せずに否認すると、いま力をもっている与党にも悪くはたらく。わざわいする。相互の作用がはたらく。
中心化しない。全体化しない。政党にはそれらがいる。いくら与党であったとしても国の全体をくまなく代表しているのとはちがう。政党(party)はあくまでも部分(part)にとどまる。脱中心化して行く。脱全体化して行く。脱中心化は、外の思考だ。フランスの哲学者のミシェル・フーコー氏による。
情けは人のためならず、がある。ほかの政党のために情けをかければ、めぐりめぐって自分たちの政党のためにもなる。利他の利己主義(利己の利他主義)だ。利己だと自分たちの政党を中心にする発想だけど、それをしない。ほかの政党や、ほかの国に情けをかけて行く。めぐりめぐって、自分たちの政党や自分たちの国のためになる。社会の板ばさみ(dilemma)を和らげられる。
国の中や国どうしのあいだで板ばさみがおきている。国どうしだったら、世界社会(world-system)における板ばさみだ。世界社会は、関係し合うことがらが集まったものである。国の中であれば、二大政党制の二つの政党はおたがいに関係し合う。おたがいに情けをかけ合う。
政党どうしや国どうしで情けをかけ合えば、普遍の黄金の決まりを守れる。きょくたん化した特殊なあり方だと、固有の性質によっているから、あとで自分たちに情けをかけてもらえない。情けをかけてもらえずに苦しむことになる。
きょくたん化しているとほかのものに情けをかけることがなくなるから、ぎすぎすしてくる。生きて行きづらい。息苦しさがある。酸素がたっぷりとあるのではなくて、酸素がとぼしくなる。生の本能(eros)ではなくて死の本能(thanatos)が広まる。
参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹 『JAPAN UNMASKED : The Character & Culture of the Japanese』Boyé Lafayette De Mente 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『徹底図解 社会心理学 歴史に残る心理学実験から現代の学際的研究まで』山岸俊男監修 『思考のレッスン』丸谷才一(まるやさいいち) 『ぼくたちの倫理学教室』E・トゥーゲンハット A・M・ビクーニャ C・ロペス 鈴木崇夫(たかお)訳 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『現代思想を読む事典』今村仁司(ひとし)編 『ナショナリズム 思考のフロンティア』姜尚中(かんさんじゅん) 『新版 哲学・論理用語辞典』思想の科学研究会編 『反証主義』小河原(こがわら)誠 『「野党」論 何のためにあるのか』吉田徹 『暴力 思考のフロンティア』上野成利(なりとし) 『政治家を疑え』高瀬淳一 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『小学校社会科の教科書で、政治の基礎知識をいっきに身につける』佐藤優(まさる) 井戸まさえ 『十八歳からの格差論 日本に本当に必要なもの』井手英策(えいさく) 『「戦争と知識人」を読む 戦後日本思想の原点』加藤周一 凡人会 『構築主義とは何か』上野千鶴子(ちづこ)編 『日本の難点』宮台真司(みやだいしんじ) 『十三歳からのテロ問題―リアルな「正義論」の話』加藤朗(あきら) 『歴史家が見る現代世界』入江昭(あきら) 『十三歳からの日本外交 それって、関係あるの!?』孫崎享(まごさきうける) 『心理学って役に立つんですか?』伊藤進 『現代政治理論』川崎修(おさむ)、杉田敦(あつし)編 『社会学になにができるか』奥村隆編 『絶対に知っておくべき日本と日本人の一〇大問題』星浩(ほしひろし) 『対の思想』駒田信二(しんじ) 『「無酸素」社会を生き抜く』小西浩文 『希望の国の少数異見 同調圧力に抗する方法論』森達也、今野哲男(企画協力、討議) 『なぜ「話」は通じないのか コミュニケーションの不自由論』仲正昌樹(なかまさまさき) 『現代思想キイ・ワード辞典』鷲田小彌太(わしだこやた)編 『差別原論 〈わたし〉のなかの権力とつきあう』好井裕明(よしいひろあき) 『議論のレッスン』福澤一吉(かずよし)