安倍元首相を、神さまとして神社にまつるべきなのか―神さまとしてあがめるべきなのか

 神として、安倍晋三元首相をまつりたい。神社で安倍元首相をまつりたいのだと、神社の神主(宮司)の人が言っているという。

 犯人に殺された安倍元首相を、神社で神としてまつるのは良いことなのだろうか。

 たしかに、あくまでも個人の宗教のようなものとしてであれば、だれかを神として神社にまつるのは許容されないことではないだろう。信教の自由である。

 たとえ犯人に殺されて、不幸なかたちで亡くなったのだとしても、安倍元首相は生きているときは政治家だった。ふつうの個人ではなくて、権力者だったのである。政治の実力者である。日本の国の権力の中心にいた。中心にいつづけていて、それが長かった。殺される直前まで、政治で強い権力を持ちつづけていたのである。

 政治家だったのが安倍元首相なのだから、それを(神さまとして)信じるよりも、うたがったほうがよい。神さまとして安倍元首相を信じるのは、神さまが生きていることになってしまう。

 哲学者のフリードリヒ・ニーチェ氏は、神の死をいう。神の死によって、最高の価値がぼつ落した。価値の多神教になる。

 最高の価値としての、神としての安倍元首相はなりたちそうにない。価値の多神教にならざるをえないのである。小さい物語でしかない。物語の安定性を高めると、広く通用しないものになる。

 神さまは、たしからしさがない。神さまだとしていても、じつは悪魔だった。悪魔だとしていても、それが神さまだった。そういったことがおきてしまう。逆説(paradox)がおきることになる。神さまのような悪魔や、悪魔のような神さまがあり、たしかには見ぬきづらい。哲学者のアルトゥル・ショーペンハウアー氏はそういう。

 表象(representation)なのが政治家だ。心の像(image)を外に表現したものなのが表象だ。

 政治家としての安倍元首相は、国民そのもの(presentation)ではなかった。なおかつ、個人としての安倍晋三氏そのものでもなかった。それらのどちらでもなかったのである。

 うそで成り立っているのが、民主主義における政治家だ。国民そのものではないし、すべての国民を代表しているものでもない。すべての国民を代表できるわけがない。

 日本の国はうそで成り立っているところがあり、国のいちばん上にいたのが安倍元首相だったから、うそを言いつづけていた。表象であることによって、うそを言いつづけることになったのである。

 仏教でいわれる空(くう)に当たるものなのが安倍元首相だろう。安倍元首相は虚空(void)であり、穴が空きまくっている。人物として多孔化していた。それぞれの人たちが、安倍元首相にたいして色々な像をいだき、それらの像の集まりとして表象されているのにすぎない。

 一部の人たちからは、神さまとしてあがめられて、まつられるくらいなのが安倍元首相だ。そうではあっても、安倍元首相をわかっているとは言い切れそうにない。たんにわかったつもりになっているのにすぎず、十分にはわかっていないおそれがある。

 分かったつもりにおちいらないようにするには、さまざまな角度や視点からじっくりと安倍元首相についてを見て行く。一つの角度や視点だけをもってしてよしとしない。正のところだけではなくて負のところもしっかりと見て行かないとならない。

 政治は正のところだけで成り立つものではなくて、負のところもある。とりわけ負のところが大きかったのが安倍元首相だ。権力をにぎりつづけていたから、それだけ負のところが大きくなる。

 政治には正と負があるが、負のところをきちんととり上げるようにしないと、否定の契機を隠ぺいすることになってしまう。否定の契機を隠ぺいしたりまっ消したりすることによってなりたつことになるのが、神さまとしての安倍元首相だろう。まちがって象徴化(symbolize)されてしまうことになる。

 まちがって象徴化されることになるから、じっさいの政治家の安倍元首相とは類似せず、差異によることになる。別人(ちがう人)のようなことになる。別人を神さまとしてまつってあがめたとしても、それは安倍元首相とはちがう人だから、意味がないことだろう。類似性ではなくて、差異性によるのであれば、それは現実のその人ではなくて別な架空の虚構の人物だ。

 参照文献 『現代思想を読む事典』今村仁司編 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』西林克彦 『現代思想の断層 「神なき時代」の模索』徳永恂(まこと) 『議論入門 負けないための五つの技術』香西秀信 『なぜ「話」は通じないのか コミュニケーションの不自由論』仲正昌樹(なかまさまさき) 『象の鼻としっぽ コミュニケーションギャップのメカニズム』細谷功(ほそやいさお) 『構築主義とは何か』上野千鶴子編 『政治家を疑え』高瀬淳一 『ポケット図解 構造主義がよ~くわかる本 人間と社会を縛る構造を解き明かす』高田明典(あきのり) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや)