日本の防衛を強めて行く。軍事にたくさん税金をかけるようにして行く。
軍事のために増税をして行くのを決めたのが、岸田首相だ。
軍事にたくさんお金をかけるように決めた、岸田文雄首相のあり方は、正しいものなのだろうか。
現実論の点からして、いまの日本の国をとり巻くありようが、すごい危険になっているのかどうかがある。
たしかに、北朝鮮がたくさんミサイルをうっているのや、中国の軍事の力が高まっているのはあるけど、そうだからといって、日本をとり巻くありようがとんでもなく危険になっているのだとは言い切れそうにない。
東アジア(東北アジア)にあるのが日本だけど、いまはそこがすごい危険になっているのが現実であり、そうではなくて安全だとすると非現実だとされかねない。
危険をあおったほうが現実主義(realism)だとされることになる。危険はそこまでおきていないのだと見なすのは、非現実であり、お花畑だとされてしまう。
参照の点でいえば、危険がすごくおきているのだとして、参照の点の高さを高めたほうが現実主義だとされやすい。参照の点の高さを低めると、非現実でありお花畑だとされてしまう。
日本は何かと参照の点の高さを高めがちであり、危機をあおりがちだから、認知のゆがみが強くはたらく。日本の国が言っていることの中に、ゆがみ(bias)がたくさん含まれることになる。言っていることにゆがみが多く含まれているのをそのまま丸ごとうのみにするのはまちがいのもとだ。
危険さをあおって、参照の点の高さを高めるのは、ようちさがあるのはいなめない。参照の点の高さを高めれば高めるほど、日本においては現実主義だとされるけど、それはたんにようちさがあらわれているのにすぎないだけのところがある。冷静さやしんちょうさや抑制を欠いているのだ。大人の落ちつきを欠く。参照の点の高さを低めたほうが、大人の落ちつきを持てる。
戦略の思考がへたなのが日本の国にはあるから、現実から離れることがおきがちだ。外部の環境である Y と、自分である X との二つを見て行くのが戦略の思考ではある。それにおいて、日本は外部の環境をきちんと見て行くことができているのだとはいえそうにない。
外部の環境である Y をきちんと見て行くことなしに、いたずらに危険をあおっているのがいまの日本だろう。日本をとり巻くまわりのありようや、外の世界がどうなっているのかを、客観に見て行く力が日本は低い。客観ではなくて、主観で外のありようをとらえてしまっている。
すごい主観にかたよったとらえ方になっているのが日本にはあり、外部の環境である Y と、自国である X のどちらについても、きちんと正確にとらえられていない。主観におちいりすぎているから、客観さを欠いているのである。自国については、体系(system)としての日本の自明性が揺らいでいる。
どういう外部の環境になっているのかと、自国がどうなっているのかを、きちんと正確かつ客観にとらえるようにしなければならない。それをやるのが苦手なのが日本にはあるから、その苦手さを改めるためには、一つには民主主義によることがいるだろう。民主主義によるようにして、再行主義(redoism)でやって行く。
民主主義によるようにしていって、どんどん再行(redo)して行く。こうであるのにちがいないのだとする見なし方を、どんどん改めて行く。日本をとり巻くありようがものすごい危険になっているのだとする見なし方があるけど、それが現実そのものだとされているのを、どんどん再行していって、じつはそうではないのではないかとか、本当はそこまで危険ではないのではないかといった、いろいろなちがった視点を持つようにして行く。
いかにいっぱい豊かに多様に再行することができるのかが、民主主義によれるかよれないかを左右するのがある。民主主義によるようにして行くことによって、日本の国がまちがった方向につっ走って行くことに少しでも歯止めをかけて行きたい。再行ができずに、上からのたった一つだけの視点によるのだと、危なさがある。
参照文献 『十三歳からの日本外交 それって、関係あるの!?』孫崎享(まごさきうける) 『日本人はなぜ存在するか』與那覇潤(よなはじゅん) 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『原理主義と民主主義』根岸毅(たけし) 『できる大人はこう考える』高瀬淳一 『ミシェル・フーコー』重田園江(おもだそのえ) 『細野真宏の数学嫌いでも「数学的思考力」が飛躍的に身に付く本!』細野真宏 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『「本末転倒」には騙(だま)されるな 「ウソの構造」を見抜く法』池田清彦