国の防衛と、国民の責任―国民の責任といえば、憲法

 いまを生きている国民が、責任をもつべきだ。いまの時点のわれわれが、国を守ることの責任を引き受けないとならない。岸田首相はそう言ったが、防衛について、その費用を、国民が責任をもつべきなのだろうか。

 軍事にどんどん税金をかけて行く。それで国民が責任をとるようにして行く。岸田文雄首相はそれがいるのだとしているけど、国民の責任の点では、憲法をもち出すことができるだろう。

 軍事にどんどん税金をかけて行き、国民が防衛についての責任を引き受けて行くのとは別に、憲法では国民に平和の生存権がほしょうされている。国民にほしょうされている平和の生存権を十分に重んじて行く。政治ではそれがいるのがある。

 国民が、防衛について、どのように責任をもつようにするべきなのかでは、軍事にどんどん税金をかけて行くことが、責任をとることになるのだとはいえそうにない。とにかく軍事にどんどん税金をかけて行けば行くほど、国民が防衛の責任を果たすことになるのだとは見なしづらい。税金さえ軍事に注ぎこめばよいのではなくて、いまの憲法を守ることが、国民が責任を果たすことにつながる。

 憲法で、いまの国民にほしょうされている平和の生存権を大切にして行く。それにくわえて、これから先の未来の国民にも、平和の生存権がほしょうされるようにして行く。いまの国民や、未来の国民が、個人として権利が与えられるようにして、平和な中で生きて行けるようにして行く。

 国がしでかしやすい大きな失敗があり、権力のらん用や、むぼうな戦争や、人権の侵害がされがちだ。それらの三つは、国がやりがちな失敗であり、それらがおきるのを防いで行く。そのためには、近代の立憲主義憲法をしっかりと守るようにして行く。

 いまいちど、日本の国がむぼうな戦争をやって、そのごに反省をしたことを思いおこすようにしたい。反省したさいに、不戦や非戦のちかいを日本はやったのがあり、そのちかいを重く見るようにして、とにかく戦争をおこさずに、他国と戦うことがないようにすることに力を入れて行くようにしたい。

 どういう統治(governance)のあり方がよいのかでは、独裁主義だとむぼうな戦争などがおきやすい。国民の平和の生存権がほしょうされない。平和な中で生きて行けるためには、近代の立憲主義がとられていて、自由主義(liberalism)であることがいる。

 いまの日本では、政治で国の統治がめちゃめちゃになっているのがあり、独裁主義におちいっているところがある。自由主義がこわれてしまっている。憲法でよしとされている、国民の自己統治や自己実現ができなくなっている。国民が責任をとろうにも、とりづらくなっている。

 国がぜんたいとして無責任の体系になっているのが日本にはあり、政治で責任の所在がどこ(だれ)にあるのかがあいまいだ。いざとなったらだれも責任をとらないような仕組みになっている。それを改めるようにして、政治の責任をとる仕組みにして行く。説明の責任(accountability)が果たされるようにする。いまの憲法がないがしろになっていて軽んじられているのを、十分に重んじるように変えて行きたい。

 比べてみると、日本よりはアメリカのほうがずっと形としては政治で責任をとれるようなあり方になっているものだろう。だれがどういう政治の意思の決定(decision-making)をしたのかが、アメリカだったら記録として残される。

 日本は公文書の管理がしっかりとしていないし、それのもつ(国民にとっての)価値が重んじられていない。政治で決めたことが(国民に開かれたかたちで)形として記録されづらい。アメリカよりもより非文明(文明の度合いが低い)なのが日本の政治のあり方だろう。文明とは、(政治をふくめて)記録と保存と蓄積によるものだ。

 憲法をしっかりと重んじるようにして、平和の生存権(をふくめた基本の人権)がほしょうされるようにして行くことが、国民が防衛で責任をとることになるのではないだろうか。国民が責任をとれる条件を整えるためにも、憲法でよしとされている自己統治や自己実現ができるようにすることがいる。

 他に動かされる他律(heteronomy)ではなくて、自律(autonomy)によることが、国民が責任をとることにつながるから、他律ではなくて自律によれるようにしないとならない。

 何らかの強制にしたがって行動をすることなのが他律だ。強制によっているのが他律だから、自由によるのではない。自由があり、そこに責任がある(つきまとう)となっていることがいるものだろう。

 自律によるようにするうえでは、自由主義を立て直すことが一つにはいるから、こわれてしまっている自由主義を立て直すようにして、抑制と均衡(checks and balances)がしっかりとかかるようにして行くことが必要だ。

 参照文献 『憲法という希望』木村草太(そうた) 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫現代思想を読む事典』今村仁司編 『「説明責任」とは何か メディア戦略の視点から考える』井之上喬(たかし) 『憲法が変わっても戦争にならない?』高橋哲哉斎藤貴男編著 『国家と秘密 隠される公文書』久保亨(とおる) 瀬畑源(せばたはじめ) 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし)