日本の防衛の議論の、できていなさ―議論ができていないことの危なさ

 国を守る。それについての議論をするさいに押さえるべき点とは何だろうか。

 色々に押さえるべき点がある中で、同一性であるよりも、相違(そうい)や差異のところをしっかりと押さえて行く。相違や差異に着目して行く。防衛の議論ではそれがいる。

 いまの日本では、相違や差異がしっかりと押さえられていない。それらをしっかりと押さえないで、同一性によって防衛の話がどんどん進められていっている。そこにまずさがある。

 同一性によって防衛の話を進めてしまうと、すべての日本の国民が、あたかもおんなじ一つの価値観によっているかのようにされてしまう。

 大前提となる価値観があって、それが日本の中でたった一つしかないのだとするのが、同一性によるあり方だ。かくあるべきの当為(sollen)による。上からの正義だ。

 たった一つだけではなくて、いくつものちがう価値観があるのだとするのが、相違や差異のあり方だ。かくあるの実在(sein)のものである。

 みんなが軍備の拡張をよしとしているのであれば、その一つの価値観しかないから、同一性のあり方だ。みんなが軍事のために増税をしたり借金をしたりするのをよしとする。

 軍拡をよしとするだけではなくて、軍備の縮小をするべきだとする人も日本の中にはいるものだろう。軍縮して行く。軍事のために増税をしたり借金をしたりすることに反対する。

 どれくらい軍事にたいしての優先の順位(priority)が高いのかが、人それぞれによってちがう。軍事の優先の順位がすごい高い人もいれば、すごい低い人もいる。軍事の優先の順位は低くて、それよりもほかの生活や文化のことなんかを優先させるべきだとする人もいる。

 たとえば、映画を見るといったさいに、同一性のあり方だったら、映画を見ることがとうぜんのことだとされる。映画を見ることはとうぜんのことだからうたがわれないことであり不可疑(ふかぎ)だ。そこについてはうたがわないで、そのうえで、どういう映画を見るかといった議論になる。日本の映画を見るか、それとも外国の映画を見るかとなる。

 同一性ではなくて相違や差異のあり方だったら、そもそも映画を見るべきだとする価値観だけではなくて、映画を見ないほうがよいとするものも含まれる。映画を見ることがとうぜんのことではないから、それをうたがうことがなりたつ。可疑のことになる。

 映画を見ることでいえば、いまの日本では、防衛の議論が同一性のあり方になってしまっている。そこにまずさがある。同一性ではなくて、相違や差異のあり方によるようにしなければ、きちんとした議論が行なえない。

 既成事実化されてしまうのが同一性のあり方にはあるから、映画でいえば、映画を見ることが既成事実にされてしまう。そこをうたがうようにして、映画を見ることは既成事実ではないから、見ないようにすることもとり上げないとならない。

 防衛では、軍拡をやって行き、強兵の政策にするのが既成事実化されないようにしないとならない。映画でいえば、映画を見ることがとうぜんなのではなくて、見ないようにすることがいり、軍縮で軍事のために増税や借金をしないようにするのを、議論でとり上げないとならない。そうしないと、防衛の議論で、押さえるべき点を押さえていない議論になってしまうから、まずいことになる。

 映画を見るのだけではなくて、見ない方がよいとする人もいるのと同じように、価値観を一つだけではなくていくつもとり上げるようにして行く。価値観をいくつもとり上げて、同一性ではなくて相違や差異によるようにしないと、防衛の議論はまともなものにはならない。

 同一性ではなくて相違や差異によるようにして、既成事実にされてしまうことを、どんどんうたがって行かないとならない。それで議論を修正して正して行く。映画でいえば、映画を見ることだけではなくて、それそのものをうたがい、見ないほうがよいとするようにして、どんな映画を見るかの議論であるよりも、映画を見るかそれとも見ないかの議論をやるようにしないと、映画を見ないほうがよいとしている人の考えをすくい上げられない。

 いまの日本では、映画でいえば、映画を見ないほうがよいとしている人を完全に切り捨ててしまっていて、どんな映画を見るかの議論になってしまっている。そうではなくて、映画を見るかそれとも見ないかの議論をやらないとならない。同一性にもとづいた議論ではなくて、相違や差異による議論をやって行くことが、防衛の議論ではいるものだろう。

 参照文献 『増補版 大人のための国語ゼミ』野矢(のや)茂樹 『議論のレッスン』福澤一吉(かずよし) 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『増補 靖国史観 日本思想を読みなおす』小島毅(つよし) 『現代思想を読む事典』今村仁司編 『人を動かす質問力』谷原誠 『うたがいの神様』千原ジュニア