安倍元首相への追悼の演説と、右と左の分断―右と左のあいだの、交通の非成立

 追悼の演説をやったのが、野田佳彦(よしひこ)元首相だ。

 殺された安倍晋三元首相の追悼の演説をやったのが野田元首相だけど、それについてどのように見なすことができるだろうか。

 野田元首相の演説は、右と左の橋わたし(bridging)をねらうものだろう。橋わたしをすることができたのかといえば、それははなはだ難しい。

 右(右派)と左(左派)とで、分断してしまっている。分断がおきているので、橋わたしをすることができなくなっている。

 いまの日本の政治には、正義が失われてしまっているところがあるので、橋わたしができなくなっている。橋がこわれている。右と左が、共に共有し合える大前提となる価値観がない。人々をたがいに結びつける接着のはたらきをする正義がこわされているのだ。政治で不正がやたらに多すぎる。

 形があるものではなくて、形がない資本である社会関係資本(social capital)があり、その厚みがそうとうにうすくなっているのがいまの日本だろう。政治への不信が深まっている。社会関係資本には、集団への信頼や、互恵性や、人どうしのつながりの網の目(network)の形成や、規範などがあるという。

 よい統治(governance)ができているといえるのは、社会関係資本の厚みがあるものだ。厚みがうすくなっているのは、統治が悪くなっているのを示す。社会関係資本論による。

 よい統治をなし、社会関係資本の厚みを増して行くには、国を絶対化しないようにすることがいる。国を相対化して、いろいろな主体に力を分散させて、(一元の支配ではなくて)多元の支配によるようにして行く。

 右と左の中間であり、色では白と黒のあいだの灰色なのが、野田元首相だろう。安倍元首相への野田元首相の演説も、色で言えば灰色のものに当たるものだと言えそうだ。

 いまの日本では、二つの極への極化がおきているのがあり、中間を許さないところがある。色では、灰色が許されず、白もしくは黒といったようになり、二つの極へと極化してしまう。

 右と左や、白と黒のあいだ(中間)にあるのが野田元首相なのではなくて、野田元首相は右の人物だといった見かたがされるのがある。それには一理あるのはたしかであり、けっきょくのところ野田元首相の演説は、安倍元首相の肩を持ってしまっているのがあるのはいなめない。

 野田元首相が右に寄っているのはいなめず、かたよりがあるのは確かだ。演説では、かんじんなものをしっかりとくみ入れているとは言い切れず、安倍元首相へのきびしい批判が欠けている。演説は、テクストであり、編集されたものであり、内容が主観で取捨選択されているものだ。もれやとり落としがある。

 どのように安倍元首相を見なすのかでは、安倍元首相を上方に排除するのかそれとも下方に排除するのかがある。反安倍だったら、下方に排除することになる。野田元首相の演説は、下方に排除するのはあんまりなくて、上方に排除しているところがあるから、反安倍からすると不満を持たざるをえない。

 上方に排除するのがある一方で、下方への排除がおきているのが安倍元首相であり、それはそれで意味があることだ。下方への排除だけだと、かたよりがあるのはたしかだけど、いろいろな政治の不正をかかえているのが安倍元首相だから、それをどんどんあばいて行かないとならない。

 橋わたしをねらうような、野田元首相の演説のテクストは許容されてよいものだろう。テクストを許容できるかどうかは、人それぞれによって許容の範囲がちがうから、それを許容できる人もいればできない人も出てくる。

 人それぞれで許容の範囲がちがう中で、安倍元首相については、野田元首相の演説のテクストなんかも含めて、いろいろな視点からいろいろなことが言われたほうがよい。たった一つの視点によるのではなくて、いろいろな視点からのテクストにふれて行くことができればよい。

 いろいろな視点によるものがあったほうがよい中では、野田元首相の演説のテクストは、(一〇〇点の満点といったほどにすばらしいものではないのにせよ)許容されてよいものだと見なしたい。そうはいっても、分断がしんこくになっているのがあるから、右と左の橋わたしをねらっても、それが成功しづらいのがあり、橋がかからなくなっているのがいまの日本だろう。

 安倍元首相のことについてで、橋をかける試みは、成功しづらく、失敗しやすい。橋をかけようとすると、右にうんとかたよってしまう危なさがおきる。なぜ橋がかからなくなっているのかといえば、正義がこわれているからなのがあるから、正義に当たるものである自由主義(liberalism)なんかをしっかりと立て直すことがいる。

 参照文献 『罪と罰を考える』渥美東洋(あつみとうよう) 『あいだ哲学者は語る どんな問いにも交通論』篠原資明(しのはらもとあき) 『ブリッジマンの技術』鎌田浩毅(ひろき) 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『できる大人はこう考える』高瀬淳一 『知の編集術』松岡正剛(せいごう) 『構築主義とは何か』上野千鶴子編 『現代思想を読む事典』今村仁司編 『なぜ「話」は通じないのか コミュニケーションの不自由論』仲正昌樹(なかまさまさき) 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『環境 思考のフロンティア』諸富徹(もろとみとおる)