円安と、状況の思考―状況を抜きにして、円安にするのはよいことだと言えるのか

 日本では、円安が進んでいる。

 円安をよしとしているのが、日本の中央銀行日本銀行や、安倍晋三元首相だった。円安によって日本の国の経済はよくなって行くのだろうか。いまの円安による物価の値上がりの苦しみは、どのように説明づけられるのだろうか。

 状況をくみ入れるかそれともくみ入れないかのちがいがある。状況の思考によるのかよらないのかだ。

 日銀や安倍元首相は、状況の思考によっていなかった。状況を抜きにして、円安にすれば日本の経済がよくなるのだとした。

 よいものなのが円安なのだと、そこへ含意を込めたのが、日銀や安倍元首相だった。含意を込めてしまうと、円安を中立(neutral)に見なせない。かたよった見なし方になる。

 含意を込めてしまわずに、状況の思考によるようにすればよかったのが、日銀や安倍元首相だろう。状況をくみ入れるようにすれば、含意を込めてしまうのを防げる。

 状況の思考によるようにすれば、どういう状況のときには円安がよくはたらき、どういう状況のときにはよく働かないまたは悪くはたらくのかを分けられる。

 外国から日本へ観光客が来ることを見こんでいる商売なら、円安の状況は益にはたらく。それぞれの人が置かれている状況のちがいがあって、ある状況においては、円安がよく働くけど、そうではないちがう状況では、良く働かないまたは悪くはたらく。

 量や質の金融緩和をやって、円安にみちびく。その政策をやってきたのが、日銀や安倍元首相だったのがあるけど、それがまちがいなく日本の経済に益になるものなのかは定かとはいえそうにない。いま円安で、物価の値上がりに苦しんでいる人は少なくないだろう。

 物価の値上がりとはいっても、物価は平均の数字だろうから、すべての商品が一律に値上がりしているのではないのはある。商品には、価格の弾力性の高いものと低いものがあるといい、弾力性が高い商品は、すぐに値上がりしやすい。弾力性が低い商品(お米など)は、あまり値上がりしづらい。

 円安について、どのような政策論がふさわしいのかといえば、状況の思考によるようにする。状況を抜きにしてしまわないで、状況をくみ入れるようにする。円安について含意を込めてしまわずに、できるだけ中立に見て行く。

 政策論としてふさわしいやり方は、円安の正の順機能(function)だけを言うのではなくて、負の逆機能(dysfunction)をしっかりと見て行くことである。日銀や安倍元首相は、円安の負の逆機能をとり落としているのがあり、正の順機能を強く言いすぎたのがある。

 正の順機能だけを言ってしまうと、円安についての議論が深まって行かない。どういう負の逆機能があるのかをとり落とさないようにして、それをしっかりと見て行かないと、議論が深まって行かない。

 いまおきている円安からは、状況の思考によるようにすることの大切さが見えてくる。状況を抜きにしてしまうと、現実から離れた、絵空ごとのような政策をやることになってしまいかねない。さまざまな政策は、状況しだいではよく働きもして、ちがう状況においては悪くはたらくのがあるから、それらのちがいを分析して行き、それぞれのちがいを分けて説明することがいる。

 ぜんぶをまるまるひっくるめて、状況を抜きにして、総合でよい政策または悪い政策とできるものは、あるとは言えそうにない。円安の政策が、まちがいなくよいのだとして、それを基礎づけたりしたて上げたりするのだと、政策論として適したあり方にならなくなり、政策を美化しすぎになる。

 参照文献 『できる大人はこう考える』高瀬淳一 『新版 ダメな議論』飯田泰之(いいだやすゆき) 『現代思想を読む事典』今村仁司