国葬の、必要性のねつ造―(人によっては)許容できるものではない

 民主主義への挑戦だ。民主主義の危機だ。安倍元首相が殺されたのは、そうしたことなのだと、岸田首相は言う。

 民主主義を守るために、国葬を行なう。岸田文雄首相はそう決めたという。

 安倍晋三元首相の国葬を行なうことは、民主主義を守るためにいることなのだろうか。税金を使ってまでして、国葬をやることはいるのだろうか。

 民主主義であるよりも、自由主義(liberalism)の危機だとしてみたい。

 民主主義をもち出すよりも、自由主義をもち出してみて、自由主義の危機なのだとしてみると、しっくりとくる。自由が危機におちいっているのである。

 かくあるべしの当為(sollen)によっていて、国葬をやるべきだとされてしまっている。かくあるの実在(sein)のところを見てみると、人それぞれによっていろいろな意見がある。実在のところを見ずに、かくあるべきの当為によって、国が上からごういんに押し切ってしまおうとしている。自由が否定されてしまう。日本は当為によりやすくて、自由を否定しがちだ。

 たとえ殺されたからといって、安倍元首相の国葬を行なうのは、特権化になる。普遍化できない差別だろう。

 あらかじめ、きちんと法の決まりで明示して、大前提となる価値観として、そもそもこういう条件のさいには国葬を行なう、といったことを決めておくのでないと、場当たり的だ。

 正当性があるのかどうかを問いかけてみると、安倍元首相の国葬をやることに、十分な正当性があるとは言いがたい。正当ではなくて、不当なところがある。生きているときに、安倍元首相は、政治においていろいろな不祥事をやっていたことはないがしろにはできない。

 なぜ国葬をやることがいるのかと問いかけてみると、答えることはできそうにない。答えとしては、国のためにいるからだとしか答えづらい。

 必要性をきちんと説明できるのでないと、民主主義であるとはいえそうにない。なぜ国葬をやることがいるのかの、必要性がない。不要である。

 客観に必要なことなのであれば、許容できやすい。主観の必要性しかないのであれば、許容できる人とできない人に分かれることになる。

 だれにとって必要なことなのかといえば、あらゆる国民にとって必要なことだとはいえそうにない。おもに、国にとっての必要性しかないから、国が上から下に押しつける形になっていて、国家主義(nationalism)になっている。

 日本はもともと国家主義が強いが、国葬をやろうとすることに、それがよくあらわれ出ている。国が、上から下にものを押しつけて行く。下からのあり方でないと、民主主義だとはいえそうにない。

 生きているときから、安倍元首相は特権化されていた。自由民主党は特権化されていた。自由主義がこわされていたのである。

 こわされている自由主義を立て直して行く。自由主義を立て直して行くために、国葬はやるべきではない。国葬をやってしまうと、自由主義がこわれたままになって、ますますこわれて行く。

 国葬の、葬のところはよいけど、国のところにあやしさがある。国葬の、国のところがあらわしているのは、国家の公の肥大化のもくろみだ。国の中心のど真ん中にいたのが安倍元首相であり、中心の政治家をよしとするのは、権威主義になる。

 中心と辺境(周縁)で見てみると、安倍元首相は中心にいた政治家だ。安倍元首相の国葬をやってしまうと、もともと中心化されていたのが、ますます中心化されることになる。安倍元首相つまり薬が、毒に転じることになる。

 薬と毒の転化(pharmakon)では、いっけんすると、安倍元首相の国葬をやることは、薬になるようではあるが、それが毒に転じてしまう。国葬をやるのは、いっけんすると、良いことのようではあるが、その薬が毒に転じることに気をつけないとならない。

 国の中で中心にいた政治家だったのが安倍元首相だが、だからこそ悪かった。だからこそだめだった。中心つまり薬が、毒に転じてしまっていた。中心つまり薬が、毒に転じず、薬のままだとするのは、だましである。負のことの隠ぺいだ。

 中心を志向することがおきてしまわないようにして、個人に目を向ける。国家の公を肥大化させるのではなくて、個人の私を重んじて行く。自由主義ではそれがいる。安倍元首相のような、国の中心にいた政治家を目だたせるのではなくて、目だたないところに目を向けて行く。個人の、とくに辺境にいるものをとり立てて行く。辺境の地域をとり上げて行く。辺境に目を向けるようにすれば、毒が薬になることが見こめる。

 参照文献 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『現代思想を読む事典』今村仁司編 『原理主義と民主主義』根岸毅(たけし) 『公私 一語の辞典』溝口雄三 『「自由」の危機 息苦しさの正体』藤原辰史(ふじはらたつし)他 『増補 靖国史観 日本思想を読みなおす』小島毅(つよし)