ロシアとウクライナの戦争と、昭和天皇はどれくらい悪かったのか―ヒトラーなどと同じくらいに悪かったのか

 ヒトラームッソリーニ昭和天皇は、おなじような悪人だ。ウクライナの動画では、三人の独裁者として、その中に昭和天皇が含まれていたが、日本の国はそれに抗議の声をあげた。

 ロシアと戦争をやっているウクライナにたいして、ほかの国が手助けをしている。手助けにたいしてウクライナは感謝の動画を作ったが、その動画の中では日本への感謝の言及がなかった。日本の国はそれについて抗議の声をあげた。

 ウクライナがつくった感謝の動画に、日本への感謝がなかったのは、昭和天皇を悪とする動画に日本が抗議の声をあげたからなのだろうか。もしも、日本が昭和天皇を悪とすることに抗議の声をあげなかったら、ウクライナの動画の中に日本への感謝があったのだろうか。

 ヒトラームッソリーニと同じような悪人なのが昭和天皇だとするのは、成り立たないことではないだろう。この三者がいた、ドイツとイタリアと日本を比べてみると、ドイツやイタリアは、ヒトラームッソリーニを対象化できているけど、日本ではそれができていない。日本は昭和天皇を対象化できていなくて、一体化しつづけている。

 超越の他者(hetero)だったのが昭和天皇だ。生きている神だとされていたのである。日本の国の中で、ゆいいつ主権を持っていたただ一人の主権者だったのが昭和天皇だ。国民は天皇の赤子であり、臣民(しんみん)だったのがあり、主権を持っていなかった。

 ヒトラームッソリーニは、超越の他者だったのがあり、それと同じものだったのが昭和天皇だ。ドイツやイタリアや日本は、他律(heteronomy)のあり方になっていたのがあり、超越の他者によって下の国民が動かされていた。自律性(autonomy)が欠けたあり方だ。

 はたして昭和天皇がどれくらい悪かったのかと言えば、そうとうに悪かったと言えそうだが、罪と罰のつり合いの矯正の正義がとられなかった。そこにまずさがあるのだと言える。昭和天皇がなした罪にたいして、罰がなかったのである。矯正の正義がなくて、不つり合いなままになった。つり合いをとることが行なわれなかった。

 戦争に負けたあとに、昭和天皇をさばくことが必要だったが、昭和天皇はさばかれなかった。さばかれなかったのは、アメリカとの取り引きによる。アメリカにとって、日本の昭和天皇は利用のしがいがあったので、温存しておいた。アメリカにとっては、昭和天皇を罰するよりも、うまく使ったほうが都合がよい。

 戦後のすぐのころに、日本人の手によって昭和天皇をさばくべきだったが、それが行なわれなかった。甘く許してしまい、見逃してしまった。極刑である死刑にするのはやりすぎかもしれないが、なんらかの形で罪にたいする罰を昭和天皇にかすことが必要だったけど、なんの罰もかされなかったのである。なにか形として、罰のようなものを昭和天皇にかすことがのぞましかったけど、罪と罰のつり合いをとろうとする努力が行なわれることがなかったのである。

 昭和天皇には悪さがあり、独裁者だったことから、悪人だと言えるけど、日本の国の中では、昭和天皇つまり良い人みたいになっている。そこにまずさがあるといえる。昭和天皇は善人だとなっているから、ウクライナ昭和天皇を悪としてあつかう動画を作ったことに、日本の国は抗議した。

 なにが反省されるべきなのかと言えば、昭和天皇を悪とする動画を作ったウクライナが反省をするべきなのだとはいえそうにない。ウクライナは反省しなくてもよいが、日本の国は反省しなければならない。

 日本の国が反省をするべきなのは、昭和天皇を善人みたいにしていることだ。善人ではなくて、その逆に悪人だったのだから、昭和天皇のあつかい方を、まともなもの(つまり悪人としてあつかうようにする)に正さないとならない。

 まちがっているのはウクライナ(の作った動画の内容)ではなくて、日本のあり方だ。日本では、いまだに昭和天皇との一体化がおきつづけていて、対象化することができていないから、天皇制がもっていた悪さが引きつづいている。

 動画について、ウクライナを批判するのはお門ちがいであり、日本が自分たちで自分たちのあり方を批判して反省することがないとならない。いまだに昭和天皇が超越の他者のようになりつづけているところに悪さの一つがある。いまはヒトラームッソリーニは(ネオナチなどを除いて)超越の他者ではなくなっているけど、昭和天皇はそうではないから、昭和天皇が生きている神で独裁者だった戦前のころのあり方が、いまにも引きつづいているところがある。言い方は悪いが、日本は国の全体がネオナチのようなところがないではない。

 参照文献 『昭和の終焉』岩波新書編集部編 『現代思想を読む事典』今村仁司編 『国体論 菊と星条旗白井聡(さとし) 『日本が「神の国」だった時代 国民学校の教科書をよむ』入江曜子