ロシアとウクライナの戦争と、ロシアと中国との関わり―中国は批判されなくてよいのか

 ロシアとウクライナのあいだで戦争が行なわれている。

 ロシアが一方的にウクライナに攻めこんだので、ロシアが批判を受けている。

 国際的にロシアが批判を受けていることについてをどのように見なせるだろうか。

 たしかに、どちらが悪いのかで言えば、ロシアが悪いと言えるのがあるから、国際的にロシアが批判されるのは避けられないところであり、必要なことだ。その点についてを、目だちやすさ(high profile)と目だちづらさ(low profile)の点から見てみたい。

 じっさいの戦争の当事者となる主体なのがロシアだ。だからロシアは目だちやすい。そのロシアをよしとしているのが、ベラルーシや中国だ。ベラルーシは大国と言えるほどではないから置いておくとして、中国を見てみたい。

 ロシアは目だちやすいが、中国はそのかげや裏に隠れていてやや目だちづらい。目だちづらいところにいるのが中国だが、悪さの点で言えば、ロシアに必ずしも引けをとらないのがありそうだ。

 目だちやすいところばかりに目を向けるのではなくて、目だちづらいところにも目を向けるようにして行きたい。そのようにして見てみれば、中国のことを批判せざるをえない。いまにおいて、中国のことを批判することがいるのではないだろうか。

 世界の中で、超大国であるアメリカの次に来るのが中国だ。かつては日本がアメリカを押しのけて経済で一位になると言われていたが、その日本にとって代わっているのが中国だ。中国の台頭はいちじるしい。

 日本は国の力が落ちていて、落ち目だ。もともと日本の国の力はそんなに高くはないのはいなめない。たんにアメリカからの助けや支えがあったから、戦後に日本は力をつけられたのにすぎない。日本は自力ではそれほどでもないだろう。アメリカや中国のような文明の国とは言えないのが日本だ。

 アメリカは国の力が落ちていっているのがあり、中国はアメリカをしのぐと言ってもよいほどに力を得てきている。その中国が、ロシアをよしとしていることの意味は小さくはないだろう。

 中国がロシアをよしとしてしまっていることによって、ロシアが心強く思うことになる。中国が後ろについていてくれることになるから、その支えによって、ロシアが悪い行動をおこすことにつながる。その逆もまたしかりで、ロシアが後ろについていてくれることによって、それが支えになって、中国が悪い行動をおこせる。

 相互作用の点から見てみられるとすると、中国とロシアの互いの結びつきをあげられる。負の相互作用になってしまっていて、中国とロシアは互いに価値を共有し合っているあいだがらだ。たがいに類似性があり、中国が悪いのならばロシアも悪い、ロシアが悪いのならば中国も悪い、といったところがある。

 悪さが一つの国の中だけで完結しているとは言えず、国の境界の線を超えている。国の境界の線を飛びこえて、目だちやすくなっているロシアだけのみならず、目だちづらい中国もまた少なからず悪い。ロシアだけを批判すればそれでこと足りるのかと言えば、そうとは言い切れず、国どうしの相互作用の点を見て行くことがあったらよい。

 ロシアや中国は悪いとして、アメリカはよいのかと言えば、そうとは言えそうにない。ロシアと中国とアメリカは、たがいに似通ったところがあり、似たものどうしだと言える。大国である、ロシアと中国とアメリカには、おうぼうなところがあり、力にものを言わせるところがあるから、大国はどこも等しく悪さをもつ。アメリカもまた批判されるべきだ。

 閉じているかそれとも開いているかでは、たとえどのような国であったとしても、閉じているのではなくて開かれているのがよい。どのような国であったとしても、例外として閉じていてもよいとするのではなくて、開かれているほうがよい。大国であるロシアと中国とアメリカは、閉じているのではなくて開かれていないとならない。他からの批判を引き受けないとならない。

 あらゆる国は、閉じているのではなくて開かれていることがいるから、それはウクライナにも当てはまる。たとえロシアが悪くてウクライナは悪くはないと言えるのだとしても、ウクライナは他からの批判にたいして開かれていることはいることだろう。

 反証の可能性の点からすれば、ウクライナにもまちがったところがもしかしたらあるかもしれないから、完ぺきに正しいとまでは言い切れそうにない。反証つまり否定される見こみがある。自国のことを完全に正当化や合理化できるとはかぎらない。

 参照文献 『心理学って役に立つんですか?』伊藤進 『グローバリゼーションとは何か 液状化する世界を読み解く』伊豫谷登士翁(いよたにとしお) 『反証主義』小河原(こがわら)誠