成長と分配で、分配の狂い―適正な分配に改善することがいる

 分配のために成長させて行く。与党である自由民主党岸田文雄首相はそのあり方をとっている。それについてをどのように見なすことができるだろうか。

 分配と成長の関わりをほどいてみて、分配そのものを見てみたい。分配とは政治において基本の手段となるものだとされる。賞罰(sanction)を与えることである。

 日本の国では国家主義(nationalism)の動きが強まっていて、右傾化してきている。その中でいかにして分配を適正なものにできるのかが求められている。国家主義に合うような分配になっているまずさがあり、それを改めて行く。

 国家主義に合うような分配のあり方は、分配が狂っていることをしめす。この狂いを改めて、できるだけ適正なものにして行く。狂ったままであれば、集団の中で悪い人やおかしな人がどんどん上の地位に引き上げられていってしまう。狂っているのを適正にすることができれば、悪い人やおかしな人が上の地位に行くことを防げる。

 日本の国は戦争に向かって進んでいっていて、どんどん戦争ができる国になろうとしていっている。そのもとには、国家主義に合う分配になってしまっているのがあり、分配のあり方が狂っているのが関わっている。そこを改めるようにして、戦争に向かって進んで行かないようにして行く。戦争ができやすい国ではないようにして行く。憲法の前文でいわれる平和主義をなすためにはそれがいる。

 たとえ経済が成長したとしても、それによって平和につながるのかといえば必ずしもそうとはいえそうにない。経済の成長は軍備を強めて行くことにつながるのがあるから、経済の成長は平和とは逆行することがおきるのがあり、平和の点からすると経済が成長すればよいとは言えないのがある。軍備を縮小させて行くことが平和のためにはいる。

 成長に関わることとして、たくさんの経済の利益をあげようとして行くと、戦争に向かって進んでいってしまう。戦前や戦時中の日本では、報道機関が商業主義に走ったのがあり、戦争を報じることは大きな経済の利益になるといったことで、報道機関が戦争をよしとしてしまった。商業主義には危なさがつきまとうのがあり、それはいまの日本の報道機関にも見られるものである。

 日本の国の役に立つようなものに手厚く分配をして行く。国の言うことにすなおにしたがうものは厚くもてなす。国の役に立たないようなものには手うすもしくはまったく分配をしない。国にあらがってたてつくようなものには不利益を分配して行く。国家主義に合う分配ではそうした分配が行なわれることになり、分配のあり方が狂う。そこを適正に改めて行かないと、戦争に向かって進んで行く歯止めがかからない。

 経済が成長していなくて、十分に分配ができていない問題があるといったことであるよりも、分配のあり方に狂いがおきていることの問題が小さくない。どこに問題があるのかといえば、国家主義に合うような分配のあり方になっていて、分配に狂いがあるところだ。その狂いを改めて行き、分配における問題を解決して行く。成長によってであるよりも、分配のあり方の狂いを改めて行かないとならない。

 日本の国に役に立つかどうかや国の言うことをすなおに聞くかどうかによって分配を手厚くするのだと、国家主義に合うあり方になってしまい、えこひいきがおきて行く。えこひいきをせずに、国家の公ではなくて個人の私を重んじる形で公平な分配をなして行く。そうして行くことが、日本の国が平和をなすためにいることだろう。

 参照文献 『「不利益分配」社会 個人と政治の新しい関係』高瀬淳一 『人はなぜ戦うのか 考古学からみた戦争』松木武彦 『公私 一語の辞典』溝口雄三超訳 日本国憲法池上彰(いけがみあきら) 『そして、メディアは日本を戦争に導いた』半藤一利(はんどうかずとし) 保阪正康(ほさかまさやす) 『右傾化する日本政治』中野晃一