水俣病の記憶、たった三分間だけの不条理について:自由主義(liberalism)から見てみる

 たった三分間しか、話す時間があたえられない。

 公害である水俣病の被害者にかかわる人たちが、三分間ほどしか話す時間を与えられなかった。環境省の大臣と役人が与えた時間だ。

 三分間におさまらずにそれを超えて話した人がいたが、それにたいして批判の声が言われている。三分間でおさめるべきだったのだとする声だ。この声はふさわしいものなのだろうか。

 事実と価値の二つにふ分けしてみたい。その二つにふ分けしてみると、話す時間が三分間なのは何々であるの事実(is)にすぎない。何々であるの事実から、何々であるべきの価値(ought)を自動ではみちびけそうにない。自動でみちびいてしまうと自然主義の誤びゅうにおちいってしまう。

 たとえ三分間の話す時間が定められているのだとしても、それを絶対の自明性をもつものだとは見なせそうにない。自明性の厚い殻(から)に、ひびを入れてみる。からにひびを入れてみる試みがなりたつ。三分間を自然化しないようにして、脱自然化して行く。

 自然によるものなのであれば、人の力では変えることができない。社会の中のものなのであれば、人の力で変えることがなりたつ。一から作り直す。脱構築(deconstruction)だ。人為や人工によって構築されたものなのが三分間の時間の決まりごとなのだから、脱構築がなりたつ。

 そういうふうな事実になっているものがあるのだとしても、それはたんに事実についてを知ったのにすぎない。事実を知ったのだとしても、価値はまた別の話だ。事実から価値は出てはこないのである。価値は価値として、事実とは別に見て行く。ふ分けすることがいる。

 仮定の話として、三分間だけではなくて、もっと長い時間だったらどうだっただろうか。仮定をしてみると、三分間ではなくてもうちょっと長くて五分間、一〇分間、三〇分間などとしてみる。

 時間を長めにしてみて、三分間より以上にしてみると、どういうふうになったのかがある。あくまでも仮定の話にすぎないけど、もしも話す時間が長かったとしたら、まずかったのである。誰にとってまずかったのかといえば、日本の国にとってだ。環境省の大臣や役人にとってはなはだまずかったのである。

 短い時間で話してもらわないと困る。長めの時間で話されるとさしさわりがおきる。日本の国の立ち場からするとそうなるのである。長く話されれば話されるほど、日本の国のぼろが出てくる。日本の国にとって益にならなくなる。不利益がどんどんおきることになってしまう。

 とことんまでやることがいるのが政治だ。日本の国にとっては、とことんまで話されるとまずいのである。政治をやるつもりがないのが日本の国だ。とことんまでやられたくないのである。とことんまでやられたら、日本の国の悪いところがどんどん明らかになってしまう。日本の国の負の歴史が明るみに出る。

 立ち場を変えて見てみたい。立ち場や視点の反転の可能性の試し(test)をしてみると、三分間の話す時間は、普遍化することができそうにない。つねに当てはまる性質なのだとはできづらい。被害者にかかわる人たちにとってみれば、あまりにも短い時間すぎる。もっと長い時間において話す権利が与えられるべきである。

 中立な立ち場から判断する思想なのが自由主義(liberalism)だ。自由主義からしてみると、三分間の話す時間は立ち場にかたよりがありすぎる。話す時間が短いほどよい立ち場と長いほど良い立ち場の二つがあるととらえることがなりたつ。

 二つの立ち場がある中で、三分間の話す時間は一方の立ち場にかたよりすぎだ。二つの立ち場のあいだを取るのだとしても、三分間にはならないはずだ。そんなに短い時間になるはずはない。

 自由主義からしてみれば、話す時間が三分間なのはおかしいことが分かる。固有の性質である特殊なあり方なのである。三分間より以上のもっと長い時間が、話す人(被害者にかかわる人)に与えられるべきだったのが自由主義からは分かる。立ち場があまりにもかたよりすぎていて、もう一方の立ち場(被害者の立ち場)がくみ入れられていない。

 参照文献 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『環境 思考のフロンティア』諸富徹(もろとみとおる) 『本当にわかる論理学』三浦俊彦構築主義とは何か』上野千鶴子編 『政治家を疑え』高瀬淳一 『差別原論 〈わたし〉のなかの権力とつきあう』好井裕明(よしいひろあき) 『歴史 / 修正主義 思考のフロンティア』高橋哲哉脱構築 思考のフロンティア』守中高明 『入門 パブリック・リレーションズ 双方向コミュニケーションを可能にする新広報戦略』井之上喬(たかし)編 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『ブリッジマンの技術』鎌田浩毅(ひろき) 『頭がいい人の聞く技術』樋口裕一