台湾の有事で、日米がいっしょにやって行けば安全なのか―リヴァイアサンとビヒモス

 台湾の有事がいわれている。中国が台湾に軍事によって攻撃を行なう。そのさいに、日本はアメリカといっしょになって中国と戦うことがいるのだと言われている。中国が日本を攻撃してくるのを、日米が力を合わせて防いで行く。

 台湾と中国が対立していて、台湾の有事だとされているのをどのように見ることができるだろうか。それを、思想家のトマス・ホッブズ氏の社会契約論から見てみたい。

 一つの国はリヴァイアサン(leviathan)であり、国の中にある部分の勢力としてビヒモス(behemoth)がいる。どのような国であったとしても、その国の中には部分の勢力をつねに抱えもつ。部分の勢力が完全に消え去ることはない。

 中国においては、一つの国としてはリヴァイアサンがなりたっているが、香港や台湾はその中の部分の勢力だ。国の中に部分の勢力があるのを、中国は上から抑えこもうとしている。これは中国にかぎらず、どこの国であったとしても多かれ少なかれ行なっていることだ。

 一つの国は、リヴァイアサンであるのとともに、世界の中では部分の勢力だ。一つの国は、対外としては部分の勢力であり、世界においての世界政府と言えるようなものはなりたっていない。世界においてはリヴァイアサンがなりたっていなくて、部分の勢力どうしがぶつかり合っている。アメリカと中国や、アメリカとロシアがぶつかり合っているのは、それぞれの国が大国であるとしても、世界の中では部分の勢力にあたるためだ。

 かりに、中国と台湾とのぶつかり合いを、中国の国の中のことであると言えるとすると、一つの国としてのリヴァイアサンのプラスの点をあげられる。これはリヴァイアサンの順機能(function)だ。国の中で、部分の勢力どうしがぶつかり合っていると、リヴァイアサンがなりたたないから、争い合いが止まらない。国の中での争い合いを止めるために、一つの国としてのリヴァイアサンをつくり出すのは、争い合いが止まるから、そこにプラスの順機能があるのはたしかだ。

 台湾の有事になると、中国とアメリカがぶつかり合うことになり、そこに日本が巻きこまれる。これは、中国とアメリカが世界においては部分の勢力であり、日本もまた部分の勢力であることによる。台湾をめぐる米中の対立は、世界においてリヴァイアサンがなりたっていなくて、世界において中央政府と言えるものがないことによる。

 世界において、中央政府をつくり上げて、リヴァイアサンをなりたたせるのは、現実論としてはむずかしいものだろう。だから、たとえ大国であったとしても、部分の勢力にとどまらざるをえない。世界の中で、国どうしのぶつかり合いがおきてしまい、部分の勢力どうしが対立し合ってしまうあり方がおきることになる。これは不毛なことだ。

 国の中で、部分の勢力どうしが争い合いつづけるのは、不毛なことだから、一つの国としてのリヴァイアサンをつくり上げることになる。リヴァイアサンをなりたたせるのは、部分の勢力どうしの争い合いを止めることができるから、合理性がある。それと同じように、世界においては、アメリカや中国などの国どうしがぶつかり合うのは、部分の勢力がぶつかり合うのと同じことだから、不毛であり、その争い合いをどのように未然に防ぐかが重要だ。国どうしの争い合いをいかに和らげられるかが大切になってくる。

 中国の国のなかでは、国としての中国と台湾や香港とが争い合っていて、これを西洋の哲学でいわれる弁証法(dialectic)でとらえると、国としての中国は正(thesis)であり、台湾や香港は反(antithesis)だ。それらの争い合いをいったん止めて、一つの国であるリヴァイアサンをつくり出すのは合(synthesis)だ。止揚(aufheben)だ。

 世界においては、国どうしが争い合うのがあり、アメリカと中国なら、アメリカが正で中国は反だ。国どうしの争い合いがおきるのは不毛なことであり、これをいかに止められるのかが重要だ。世界において中央政府をつくれれば、世界におけるリヴァイアサンがなりたち、合になる。そこまで行くのはむずかしいが、国どうしが争い合うのを止めることは必要なことであり、争い合いがおきないようにして、それを和らげて行く。

 いかにして世界において国どうしが争い合わない、(弁証法の正反合における)合のあり方にもって行けるのかが、台湾の有事では求められる。日本が力を入れるべきなのは、正であるアメリカといっしょになって、アメリカに従い、反である中国と敵対することだとは言えそうにない。正と反との争い合いがおきるのを防ぎ、いかにして合にもって行けるのかをさぐって行く。正と反のぶつかり合いのうちで、その一方である正に従うことよりも、正と反を合にもって行くことに日本は全力を注ぐべきである。

 参照文献 『リヴァイアサン 近代国家の思想と歴史』長尾龍一現代思想を読む事典』今村仁司編 『できる大人はこう考える』高瀬淳一