欧米に比べて日本の緊急事態宣言は大したことがないものなのか

 欧米に比べたら、日本の緊急事態宣言は屁(へ)みたいなものだ。欧米のように戒厳令(かいげんれい)のようではないのが日本だ。内閣官房参与ツイッターのツイートでそうしたことを言っていた。

 このツイートの内容が批判を受けたことで、内閣官房参与は退職することになったという。このツイートの内容についてをどのように見なすことができるだろうか。

 のぞましかったのは、一つのツイートの中にいろいろなことを盛りこまないで、もっと切り分けて言えばよかったのではないだろうか。問題を整理するようにして、いろいろに細かく分けた形でその一つひとつのことについてをとり上げていったほうがやや安全だ。

 内閣官房参与のツイートの内容からはいくつかのことが見てとれそうだ。一つには欧米はよりきびしくて日本はきびしくなくて甘いとしている。これは言い換えられるとすると、欧米はしっかりとしていて日本はだらしがないとかいい加減だと見なすことがなりたつ。きびしいといったことであるよりは、しっかりとやっているのが欧米だといえて、日本は国の政治がそこまでしっかりとやっていない。

 日本の緊急事態宣言は、そう呼ばれているわりにはそれほど厳しいものではない。欧米のものほどは日本のものは厳しくはない。これは内閣官房参与が言っている通りなのかもしれない。そのさいに、日本の緊急事態宣言は名ばかりのものであって見かけと実体とがずれていると言える。

 形式としては日本は緊急事態宣言を出してはいるが、実質としては欧米よりもゆるくて甘い。欧米よりはきびしいものではない。きびしい制約をかけるのが緊急事態宣言だとすると、欧米よりもより許容されるところが多いのが日本のあり方だ。そう言えるのがあるかもしれない。

 名前と実体とがずれてしまっているのは、交通において、道路の制限速度がじっさいには守られていないのと通じるところがある。それを緊急事態宣言になぞらえるとすれば、もともと緊急事態宣言といえばかなり厳しい制約をかけるはずのものだ。その名や呼び方である記号表現(signifier)によってとられることになる記号内容(signified)が日本においては記号表現で言われるほどのものではない。いかめしい響きがある記号表現ほどの記号内容とはなっていない。

 記号表現と記号内容がずれているさいに、記号表現に合った記号内容にするべきなのか、それとも記号内容に合った記号表現にするべきなのかがある。そのどちらにするべきなのかは定かではない。ずれがよくないのであれば、ずれたままにしておくのではなくて、そのどちらかに合わせるべきだろう。日本の政治は言葉の使い方がいい加減なことが多いから、記号表現と記号内容がずれていることがめずらしくない。

 哲学の新カント学派の方法二元論で言われるように、事実(is)と価値(ought)の二つを分けてみると、どのようであるのかから、どのようであるべきかを必ずしも導くことはできない。欧米はどのようであり、日本はどのようであるかがあるのだとしても、そこから日本はどのようであるべきかは導くことができづらい。事実は事実であり価値は価値だから、どういうふうであるべきかの価値についてはさまざまな見かたがとれる。

 欧米には欧米のそれぞれの国の状況があり、日本には日本の状況がある。欧米と日本でまったく同じ状況とは言えないから、状況に合わせたやり方をしているところがあり、欧米のあり方はすべて非の打ちどころがないほどに正しいとする含意は必ずしもこめられないかもしれない。欧米と日本のそれぞれのあり方についてを中立に見ることができなくはない。どちらかだけが正しいといった一か〇かや白か黒かの二分法では見ないことができる。二分法で完全に割り切ってしまうのではない見なし方だ。

 それぞれがちがう状況であるのをくみ入れられるとすると、欧米のあり方の合理性と、日本のあり方の合理性があるとすることができないではない。日本のあり方がまったく完全に非合理とは言い切れないのがあり、見かたによっては少しくらいの目的合理性はあるだろう。日本の国が政治においてまったく無目的だとは言えそうにない。

 日本の国は政治における何らかの目的を持っているはずだから、日本のやり方にも少しくらいの目的合理性はあるだろう。さらにそこからどういうあり方がのぞましいのかが探られるべきだ。日本のあり方に見られるさまざまなまずいところを見つけていって、少しでもよりよいあり方になるように改善を目ざす。民間のトヨタ自動車で行なわれているような、たえざる改善や改良を開かれたなかで少しずつであったとしてもやって行くことがいる。民主主義のなかで開かれた形でさまざまな人々によってさまざまなことが自由に言われるようにして行きたい。

 参照文献 『思考の「型」を身につけよう 人生の最適解を導くヒント』飯田泰之(いいだやすゆき) 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『トヨタ式「スピード問題解決」』若松義人 『知のモラル』小林康夫 船曳建夫(ふなびきたけお) 『現代思想キイ・ワード辞典』鷲田小彌太(わしだこやた)編 『できる大人はこう考える』高瀬淳一