五輪の夢と、それにたいして犠牲を払うこと

 五輪の夢をなす。そのためには誰もがいくらかの犠牲を払わなければならない。日本の東京都で五輪をひらくのだから、日本の国民は犠牲を払うことがいる。国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長はそうしたことを言っている。

 バッハ会長がいうように、五輪の夢をなすためには、誰もがいくらかの犠牲を払わなければならないのだろうか。日本の国民は犠牲をはらわないとならないのだろうか。だれがどれくらいの犠牲をはらえばよいのだろうか。

 野党の立憲民主党枝野幸男代表はこう言っていた。五輪をひらくために犠牲を払って協力しないとならない義務はない。犠牲を払わせて協力させる権限はだれにもない。国民の命を最優先にできないのなら五輪を延期か中止するしかない。

 正当性の点から見てみると、五輪が犠牲を生むようではそこに正当性があるとは言えそうにない。五輪が犠牲を生むのであれば正当性があるかはうたがわしいし、そこに五輪の夢があるとは言えないものだろう。

 五輪をほかのことに置き換えられるとすると、たとえば国家が犠牲をうむとすると、その国家には正当性が完全にあるとは言えなくなる。理想論としては国家はまったく犠牲を生まないことがいる。犠牲を生んでいるのであれば、国家は呪われた部分をもつ。

 国家のために犠牲になったことを、しかたがないことだとすませてしまうことはできづらい。戦争で亡くなった人のことを英霊と言うことがあるが、これは亡くなった人を国家の点から意味づけして、国家の視点に回収してしまっている。国家への役立ちの点から人を見てしまっている。

 ほんらいは国家に役立つために人は生きているのではないから、国家と結びつけずに切り離してみれば、戦争での死に正の意味づけをすることができない。国家のための道具や手段として人を見るのではなくて、個人それそのものを目的とする人格主義(personalism)によるのであれば、死に正の意味づけをすることはできない。

 ほんらいはうむべきではなかった犠牲を国家がうんでしまったことが隠ぺいされている。国家は呪われた部分を抱え持つことになり、その正当性がうたがわれることになる。犠牲をうんでまで国家がありつづけることの価値は必ずしもなく、価値は自明であるとは言えない。不幸をうむのであれば、国家は負の価値をもつものだととらえることがなりたつ。

 だれの犠牲も生まず、だれの負担にもならない。だれも負担を負わない。これが五輪の夢だと言えそうだ。だれかが犠牲になったりだれかが負担を負ったりするのであれば、それは夢ではなくて現実である。五輪の現実が犠牲や負担をうむ。

 夢といったさいに気をつけなければならないのは、それを追うさいに、かくあるべきの当為(sollen)になってしまうことだ。夢は陶酔をもたらすが、そこからさめて覚醒することがあったらよい。さめることによって現実を見たほうがよい。かくあるの実在(sein)を見て行く。実在ではさまざまな声がさまざまな人たちによって言われている。

 自由主義(liberalism)の点から見てみられるとすると、五輪をひらくことをとりやめることが義務なのだと言えないではない。五輪をひらくために犠牲を払って協力することが義務なのではなくて、その逆に五輪をとりやめることが義務に当たる。

 五輪をひらくことによって、だれかが犠牲になったりだれかが負担を負ったりして、犠牲や負担を負う人に危害が加わるおそれがある。人に危害が加わるようなことはやめなければならないから、五輪をひらくことをとりやめることが義務なのだと言えないではない。

 夢といったさいに、それがかくあるべきの当為になってしまう危なさがあるから、それを避けるようにしたい。当為になることを避けて、できるだけかくあるの実在によってやって行く。五輪をひらこうとするのであれば、当為によってつき進んで行こうとするのではなくて、自由主義の他者危害原則に反しない形にするべきだ。他者危害原則に反するのであれば、原理主義のようになりかねない。だれの犠牲も払わずに、すべての人の生命がひとしく安全に保たれるようでないと、自由民主主義によっているとは言えそうにない。

 自由民主主義を踏みこえて、原理主義のかたちで五輪を開こうとするのには待ったをかけたい。なにが大切なのかといえば、五輪をひらくことではなくて、すべての人の生命が等しく安全に保たれて、すべての人の基本の必要(basic needs)が満たされることだ。自由民主主義にもとづくようにするのであれば、五輪をひらこうとするよりもまず、すべての人の生命をひとしく安全に保つことに力が入れられるべきであり、すべての人の基本の必要を満たさなければならないだろう。

 参照文献 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『増補 靖国史観 日本思想を読みなおす』小島毅(つよし) 『現代思想を読む事典』今村仁司編 『現代思想キイ・ワード辞典』鷲田小彌太(わしだこやた)編 『現代倫理学入門』加藤尚武原理主義と民主主義』根岸毅(たけし)