表象である政治家によるうそと、政治家を代理する弁護士によるうそ

 まともな人であるのならば、自分が言うことを事実だとは思わないだろう。アメリカのドナルド・トランプ前大統領の陣営の代理人をつとめていたシドニー・パウエル弁護士は、裁判の中でそう言ったという。

 アメリカの大統領選挙で不正があった。トランプ前大統領はそう言っている。その代理人をつとめていたのがパウエル弁護士だ。トランプ前大統領が言っていることは、投票をになう会社の名誉を損ねることに当たる。投票をになうドミニオン社はトランプ前大統領を会社の名誉を損なったことで訴えている。

 パウエル弁護士が裁判の中で言ったように、もしもまともな人であるのならば、パウエル弁護士が言ったことを事実だとは思わないのだろうか。

 パウエル弁護士はアメリカの愛国者だといったことで、日本にいるトランプ前大統領をよしとする支持者から高く評価づけされていた。パウエル弁護士はアメリカにおける真の愛国者だとされていた。そのパウエル弁護士が、裁判の中で、自分が言ったことを自分で否定するようなことを言ったのである。

 裁判のなかでパウエル弁護士が言ったことを、逆(対偶)から見てみるとするとこうなる。パウエル弁護士が言っていたことを事実だと思ったのならば、まともな人ではない。パウエル弁護士が言っていたことをほんとうのことだと受けとったのならば、まともな人ではなくておかしな人なのにほかならない。

 言っていることをそのまま文字どおりに受けとって正しい意味になるのは論理だ。それとはちがい、言っていることとはちがうことを意味させるのは修辞(rhetoric)だ。言葉には多層性があるので、論理だったり修辞だったりが用いられる。相手をばかにするつもりで、あなたは頭がよいと言うのは皮肉であり修辞である。パウエル弁護士が言っていたことは、論理よりも修辞に当たることになる。修辞を(論理としてではなくて)修辞として受けとることをパウエル弁護士はのぞんでいた。

 意図(intention)と伝達情報(message)と見解(view)の三つの点による IMV 分析によって見てみたい。パウエル弁護士がトランプ前大統領を代理するさいに言っていたことは、パウエル弁護士の意図とはちがっていた。意図とはちがうことを言っていたのがあるから、言っていたことをそのままうのみにするのではないのがふさわしいことになる。うのみにするのではなくて、言っていることを否定することが正しい見解となる。

 IMV 分析によってパウエル弁護士が裁判のなかで言ったことを見てみられるとすると、こう言えるのがあるかもしれない。まともな人がいるとして、その人が含意することは、パウエル弁護士が意図とはちがうことを言っているおそれがあるのだとうたがう。意図がそのまま言っていることに直結しているとするのではなくて、その二つを切り離すようにして、言っていることをそのまま丸ごとうのみにはしないようにしておく。意図である I と伝達情報である M がちがっているおそれがあることをくみ入れておく。そうした見解である V をもつ。

 トランプ前大統領のことを代理していたのがパウエル弁護士だから、パウエル弁護士に言えることなのであれば、もしかするとトランプ前大統領にもまた言えるのがあるかもしれない。そのあいだには類似性がある。そのことを一般化することができるとすると、代理人や政治家は表象(representation)だから、代理するものそのもの(presentation)ではない。

 パウエル弁護士はトランプ前大統領を代理していたのがあるが、トランプ前大統領は政治家であり、国民を代理していた。パウエル弁護士とトランプ前大統領と国民の三つのものがあるとして、これらの三つはそれぞれにずれている。それぞれがぴったりと合っているのではない。もともとがそれぞれの三つのものは別々のものだから、そこには差異がある。

 パウエル弁護士が言っていたことをそのまま丸ごとうのみにはしないほうがよいのと同じように、表象である政治家の言っていることもまたそのまま丸ごとうのみにはしないようにして、うたがっておくことがあったほうが多少は安全だ。愛国の心をもつのだとはいっても、いざとなったらパウエル弁護士は自分のことがかわいいとなって自分のことを優先させた。これと同じことが政治家にもまた言えるだろう。

 だれしもが自分のことがかわいいのがあるから、いざとなったら自分の身を守ろうとする。愛国よりも自分の身を守ることを優先させる。自分の身を危険にさらそうとはせずに、自分はあくまでも安全なところにいようとする。政治家などが愛国の心を語ることはとうてい信用することができず、意図である I と伝達情報である M が合っているとはいえないから、不信やうたがいをもたざるをえない。国は共同幻想であり想像の共同体によるものだから、全体化された国は虚偽であり、たえず脱全体化されることがいり、国の中にある矛盾をくみ入れるようにして行きたい。

 参照文献 『疑う力 ビジネスに生かす「IMV 分析」』西成活裕(にしなりかつひろ) 『本当にわかる論理学』三浦俊彦現代思想を読む事典』今村仁司編 『政治家を疑え』高瀬淳一