陽と陰の、量の均衡(balance):日本の国の財政

 財政を、笑いと涙(泣き)の二つでとらえたらどうなるか。

 高市首相がいうところの、責任ある積極の財政がある。

 与党である自由民主党高市早苗首相がいっているもののうちで、積極の財政のところは、できるだけ笑いを多くする。涙を少なくして行く。

 財政について、笑いと涙の二つからとらえてみるのは、文学者の井上ひさし氏によることからである。井上ひさし氏は、こう言う。人生において、笑いと涙はつり合う。笑いと涙は、同じ量になる。笑いが一〇あるとすると、涙もまた一〇あるのだ。笑いが一〇あって、涙が二しか無いといったことはない。

 笑いをできるだけ多くして行く。涙は少なくして行く。積極(反緊縮)の財政はそのねらいのものだろう。それと同じようなものとして功利主義がある。行動の原理として快楽や幸福を重んじる立ち場だ。

 西洋の近代におきたのが功利主義の文明だ。最大多数の最大幸福である。最大多数は民主主義で、最大幸福は市場主義の経済だ。自由な経済である。日本は功利主義の文明によっているのがあるから、笑いが多く、涙は少なく、のあり方である。仕組みとしてはいちおうそうなっている。

 つり合いを見て行く。日本からちょっと離れてみると、世界において、北欧の国なんかは、高い負担で、高い福祉だ。負担は涙であり、福祉は笑いだ。ちょうど、井上ひさし氏がいっているように、笑いと涙がつり合っているのが、高負担で高福祉の国である。

 北欧とはちがって、アメリカやイギリスなんかは、低負担で低福祉の国であるかもしれない。新自由主義(neoliberalism)のあり方だ。負担が少ないのだったら涙が少ないことを示す。涙は少ないけど、笑いも少ない。福祉がけずられることになる。福祉がけずられることによって、とりわけ弱者の人たちが苦しむ。救われない。助からない。

 どういう財政のあり方であるのにせよ、笑いがいっぱいで、涙が少ないとはなりづらい。笑いは少ないけど、涙がいっぱいといったことにもなりづらい。とんでもなくおかしな政治のあり方をしているのではないかぎりは、たいていは笑いと涙がつり合うことになる。

 いま日本でいわれている積極(反緊縮)の財政は、笑いをいっぱい得ようとしていて、涙をできるだけ少なくしようとしている。不つり合いなものである。たとえ財政でたくさん国がお金を使うのだとしても、笑いがいっぱい増えて、涙がすごく少なくなるのかといえば、そうとはなりづらい。笑いが増えれば、そのぶんだけ涙もまた増えるのである。そうした見こみが低くない。

 日本は財政で、国がすごいいっぱい借金を抱えている。たくさんの借金を国が抱えているのは、先に笑いをいっぱい得てしまっていることを示す。笑いをまずたくさん得てしまったから、あとで涙がいっぱいおきることになる。国が借金を返すので苦しむことになっている。

 できるだけ国が借金をしないようにすれば、笑いはそれほど得られないけど、涙もまた少なくできる。あとでいっぱい涙を流さなければならず、すごくたくさん泣かなければならないことを防げる。

 人情としては、笑いがたくさん得られて、涙はできるだけ少ないほうがよいのは確かだ。国の財政でそれができるのかといえば、現実論としてはできづらいのがあるだろう。笑いをたくさん得ようとすれば、涙もたくさんおきることになるのを引き受けなければならない。

 日本の政治は見通しが甘いところがあって、それがいまの高市首相のありようにもかいま見られる。たくさん笑いを得るのだったら、涙もそのぶんだけたくさんおきることになるけど、あんまり涙のところは組み入れない。笑いをたくさん得ようとすることだけに力を入れていて、それにともなう涙の増加については、何とかなるだろうといった甘い見通しになっている。

 いまの日本では、涙の増加がおきているのがあるけど、これはなぜなのかといえば、一つには日本の政治の見通しの甘さによっている。いまはそれなりに涙が増加してしまっているけど、見通しの甘さがわざわいして、これから先にもっとすごい涙の増加がまち受けているかもしれない。大量の涙を流さなければいけなくなる。

 願望の思考(wishful thinking)によっているのがあるのが日本の政治である。国の経済がすごくよくなれば、色んなことが全てうまく行く。国の経済がすごく良くなることがあてにされている。ずっと右肩上がりのありようがつづく。右肩下がりのあり方が想定されていない。国に都合がよい想定のしかただ。

 けっきょくのところ、いくら積極の財政をやったとしても、井上ひさし氏がいうように、笑いと涙は同じ量に落ちつく。笑いが多くて涙が少ないといったことはのぞみづらい。緊縮の財政であろうとも、反緊縮の財政であろうとも、どちらをやるのにしても、笑いと涙はだいたい同じ量に行きつく。あるていど長い目で見ればそういうふうになるかもしれない。

 井上ひさし氏がいうことが当てはまらないような事例はそれなりにあるのは確かだろう。言っていることが当てはまらないような反例は探せばけっこうあるかもしれないけど、お金持ちであっても苦しみはあるものだろう。豊かな国であっても、すべての国民が幸福だとは限らない。

 貧しい人であっても、それなりのささやかな幸福がある人も中にはいる。豊かではない(貧しめの)国だからといって、一人ひとりの幸福度が低いとはいちがいには言えそうにない。

 たとえ豊かな国でも、お互いの競争がはげしくて、階層(class)の格差が大きければ、生きて行きづらい。それほど豊かではない国であっても、あんまり競争がなくて、階層の差がそれほどなくて平等であれば、生きて行きやすいあり方だ。それぞれの人がもつ色々なちがう価値が良しとされているほうが、みんなを包摂できる。

 お金持ちであったとしても、いがいに不幸な人は少なくないのがあるから、そういったことでは、笑いと涙は同じ量に行き着くとできなくはない。国の財政でも、もしも笑いがいっぱいあるのだったら、それと同じ量だけの涙がついて回る。もしも涙がいっぱいあるのだったら、それと同じくらいの量の笑いをのぞむことがうまくすればなり立つ。

 とんでもなく悪いことが政治で行なわれているのだったら、それを正さないとならない。あるていどきちんと政治が営まれることがいるけど、かりにあるていどまっとうな政治が営まれているのだとして、そうであったとしても、笑いがすごく多くて涙はほとんど無いといったことはのぞみづらい。

 すごく政治がまっとうに営まれていたとしても、望めることとすれば、笑いと涙が同じくらいの量につり合うていどのものだろう。それより以上をのぞむのであれば、あとでぼう大な涙を流さなければならなくなりかねない。国の財政のはたんである。

 参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹 『十八歳からの格差論 日本に本当に必要なもの』井手英策(えいさく) 『効率と公平を問う』小塩隆士(おしおたかし) 『「不利益分配」社会 個人と政治の新しい関係』高瀬淳一 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『大学受験に強くなる教養講座』横山雅彦 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『現代に生きるファシズム佐藤優(まさる) 片山杜秀(もりひで) 『市場 思考のフロンティア』金子勝(まさる) 『「価値組」社会』森永卓郎(たくろう) 『社会階層 豊かさの中の不平等』原純輔(じゅんすけ) 盛山(せいやま)和夫 『日本国はいくら借金できるのか? 国債破綻ドミノ』川北隆雄(かわきたたかお) 『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』木暮太一(こぐれたいち) 『老荘思想の心理学』叢小榕(そうしょうよう)編著