日本の国の、安心のあり方と、不安の増大―安心のあり方が崩れている

 安心と信頼と不安の三つの点から、日本の国の政治を見てみられるとするとどういったことが言えるだろうか。

 三つの点のうちの安心の枠組み(paradigm)は、戦後のすぐのときからしばらくまでのあいだの、利益政治だ。利益を分配することによる。日本の国の経済が大きく成長していたからできたことだ。

 いまは利益分配の政治ができなくなっていて、安心の枠組みが通じなくなっている。不利益分配の政治を避けられなくなっているのだ。日本の国の財政は赤字だらけであり、財政のあり方がはなはだしく悪い。

 安心の枠組みが通じなくなっている中で、不安がおきている。不安がおきているのは、新自由主義(neoliberalism)がとられていることが小さくない。自己責任論がとられる。個人に責任が押しつけられる。

 ほんとうであれば、安心が通じなくなったとして、安心から信頼へとすすめればのぞましい。安心によるあり方から、信頼によるあり方に移って行く。日本の国ではそれができていなくて、安心から不安へといったようになっている。

 安心から不安へと移って行くのは危なさがある。かつてのドイツで、ナチス・ドイツが出てきたのは、人々のあいだの不安が大きくなったためだろう。日本では、安心から不安へと移っていっているから、ナチス・ドイツのようなものが出てくることがありえる。アドルフ・ヒトラーのような人が出てきかねない。

 ナチス・ドイツヒトラーをもち出すのはやや極端ではあるかもしれないが、それらと同じくらいではないにせよ、それらに通じる人はすでに日本の国には出てきてしまっている。きびしく見ればそう言えなくもない。日本の国では不安が大きくなっているためだ。

 不安が大きくなるのは、信頼がないからだ。安心が通じなくなって、そこから信頼へと進めればよいけど、日本の国ではそれができづらい。日本の国の政治は、言葉で客観にものごとをきちんと説明して行くのが苦手だ。言葉で言わなくてもわかってもらえるとするのが強い。言わずともわかるといったあり方が主流となっている。

 言葉をあまり用いずに、たがいの意思を読みとり合うような、低文脈の言葉と高文脈の文化なのが日本の国だろう。低文脈の言葉と高文脈の文化によるのがいまでもつづいているから、安心の枠組みはいまでも引きつづいているとは言える。

 安心の枠組みが完ぺきに壊れてしまったのではなくて、それがいまだに残っているのもあり、その中で、不安が大きくなっていっている。安心の枠組みは、すでに通じなくなっているのがあるけど、それにすがろうとすることが行なわれている。安心の枠組みにすがりつつも、それとともに不安が大きくなっていっている。

 これまでのようには通じなくなっているのだから、安心の枠組みを捨て去ればよいのがあるけど、それを捨て去ることができない。すでに通じなくはなっているけど、崩れているからこそ、それにすがりついてしまう。崩れている安心にすがりつつも、信頼へとは移れずに、不安が大きくなって行く。

 道があって、右へ行くか左へ行くかの分かれ道になっているとして、左つまり信頼を選ばないで、右つまり不安のほうを選んでしまう。左の信頼のほうを選んで、そっちに進んで行こうとはしない。右の不安のほうに進んでいってしまう。

 道が右と左に分かれているとして、右を選んでしまうのは、あたかも一本道であるかのようだからだろう。右を選べば、これまでと同じ一本道がつづいているかのようである。じっさいには一本道なのではなくて、右と左に分かれているのだけど、右の一本道だけだとなって、右に進んで行く。右の道は、これまでの安心の枠組みがずっと先まで延長してつづいているかのようではあるけど、それは不安へとつづいている。

 とちゅうまでは安心の枠組みによる道があったけど、それがとちゅうからなくなってしまった。道がなくなってしまっている。道がなくなっているから、そこから先は信頼によってやって行くようにすることがいる。日本の国の政治では、とちゅうから道がなくなっているのにもかかわらず、あたかもずっと道がつづいているかのようにしている。

 とちゅうまではいちおうはあった、安心の道がずっとつづいているかのようにしているけど、じっさいにはその道がとちゅうでなくなってしまっているから、不安がおきている。道なき道となっているが、その中で、いまだに道の上を進んでいるかのようにしていても、じっさいには日本の国の政治は方位を失い、方角がわからなくなっていて、どこの地点にいるのかもよくわからず、漂流しているのだと言える。

 参照文献 『安心社会から信頼社会へ 日本型システムの行方』山岸俊男 『「不利益分配」社会 個人と政治の新しい関係』高瀬淳一 『右傾化する日本政治』中野晃一 『社会を結びなおす 教育・仕事・家族の連携へ(岩波ブックレット)』本田由紀 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『絶対に知っておくべき日本と日本人の一〇大問題』星浩(ほしひろし) 『信頼学の教室』中谷内一也(なかやちかずや)