財務省の悪さ(と良さ)を考える:高市首相の、責任ある積極の財政

 財務省の、どこがいけないのか。

 何かと批判されているのが財務省だ。悪いものだとされている。

 積極の財政をいっているのが、高市早苗首相である。財務省による緊縮(均衡)の財政によらないあり方だ。

 思いきり積極の財政によるのではなくて、責任あるものであるようにする。責任ある積極の財政をいっているのが、自由民主党高市首相である。責任ある、の文句をつけることによって、(おもて向きは)つり合いをとろうとしているようである。

 図がら(figure)と地づら(ground)がある。その二つがあるのが、形態(gestalt)の心理学からはいえる。

 図がらとして財務省をとり上げているのが、財務省を悪いものだとする見なしかただ。

 転じることができるものなのが図がらと地づらだ。図がらにするだけではなくて地づらにすることができるのがあるから、財務省を地づらにすることもなり立つ。

 図がらにするだけではなくて、地づらにしてみることがいるのが財務省である。財務省を地づらにしたさいに、何が図がらになるのかといえば、積極の財政の立ち場などである。

 積極の財政を図がらにしてみると、その立ち場においては、財務省を分離化しているのが見えてくる。積極の財政の立ち場が集団化することによって、その反作用によって財務省が分離化されることになる。

 分離化されるところのものなのが財務省なのだとすることがなり立つ。地づらとして見てみれば、図がらに当たる積極の財政の立ち場から分離化されることになるのが地づらとしての財務省である。

 分離化するところのものなのが積極の財政の立ち場だとすることがなり立つ。集団化がおきていることを示す。集団化がおきると、何かを分離化することになり、線が引かれる。線のこちら側とあちら側に分かれる。

 日本の体系(system)の中にあるものなのが財務省だろう。関係し合うことがらが集まったものなのが体系だ。日本とはまったく関係していないものなのが財務省とはできないから、日本から分離化してしまってよいものだとはできそうにない。

 図がらとして財務省をとり上げてみると、それが集団化するのはよくないことだろう。財務省が集団化しているのであれば、ほかの何かが分離化されていることを示す。

 形態の心理学によってみると、図がらと地づらは固定されたものではなくて転じることができる。図がらに当たるものが、地づらに当たるものを分離化するのだとできる。図がらに当たるものが集団化することによる。

 図がらに当たるものが集団化すると悪くなる。なにか他のものを分離化してしまう。集団の中の一人ひとりが主体性を失う。集団の中にうまってしまう。集団の中の一人ひとりが主体性を失うと、述語が暴走しがちだ。述語が勇ましくなる。強まる。整合性を失う。

 役人の集まりなのが財務省だ。役人は集団として仕事をやるものだから、どうしても主体性を強く持つことはできづらいのはあるだろう。仕事の性格からして、財務省は集団化しやすいところはあるかもしれない。よくも悪くもそうなりがちだ。

 分離化されるところのものとして財務省をとらえてみると、それをするところのものである積極の財政の立ち場は、みんなが一人ひとりちゃんと主体性をもっているのかがうたがわしい。主体性を失っていて、述語が暴走している。述語が勇ましくなっている。

 総合されることになりがちなのが財務省である。仕事として総合によってやって行くのがあるから、あるていどはしかたが無いところはある。役人どうしでまとまって仕事をやって行くことがいる。それが悪く働くことも場合によってはあるだろう。

 総合されるところに悪さがある。分析が欠けてしまう。総合されると集団化がおきて主体性を失う。ほかの何かを分離化することになる。太い線を引いて、こちら側とあちら側をくっきりと分けようとする。

 日本人は総合になりやすい。分析が欠ける。分析がないがしろになり、総合になりがちなのがあるのが日本人だろう。財務省は総合になりがちな悪さを持っているけど、それだけではなくて、日本人もまた総合になりやすい悪さをもつ。

 だしとして使われる。日本人が総合になるためのだしである。何かだしになるものが用いられる。だしになるものとしては、財務省だったり、外国人だったりがある。だしにされるところのものは、日本人から分離化されることになる。

 だしを用いて日本人(の一部)が集団化することがおきているのだとすると、それにたいして批判を投げかけるようにしてみたい。財務省や日本人が悪いのであるよりも、それらが総合になり、集団化すると悪くなる。それそのものがどうかといったことであるよりは、それが総合になり、集団化して、ほかの何かを分離化するとよくないから、それを批判して行く。

 参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹希望の国の少数異見 同調圧力に抗する方法論』森達也、今野哲男(企画協力、討議) 『境界線の政治学杉田敦(あつし) 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『思考の「型」を身につけよう 人生の最適解を導くヒント』飯田泰之(いいだやすゆき) 『絶対に知っておくべき日本と日本人の一〇大問題』星浩(ほしひろし) 『徹底図解 社会心理学 歴史に残る心理学実験から現代の学際的研究まで』山岸俊男監修 『岩波小辞典 心理学 第三版』宮城音弥(みやぎおとや)編 『現代思想を読む事典』今村仁司(ひとし)編 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『思考のレッスン』丸谷才一(まるやさいいち) 『木を見る西洋人 森を見る東洋人―思考の違いはいかにして生まれるか』リチャード・E・ニスベット 村本由紀子訳 『日本の難点』宮台真司(みやだいしんじ) 『十八歳からの格差論 日本に本当に必要なもの』井手英策(えいさく) 『あいだ哲学者は語る どんな問いにも交通論』篠原資明(しのはらもとあき) 『できる大人はこう考える』高瀬淳一