文明と野蛮(やばん)の矛盾

 日本人は秩序だっているのか。

 たしかに、秩序の志向が強いのが日本である。生活はわりに統一された状態(cosmos)である。日々においての暮らしは統一された状態だからなめらかだ。

 暮らしのところだけを見ると日本は滑らかだけど、それとはちがうところに着眼して行く。ばらばらの状態(chaos)のところを見て行く。

 日本のどういうところがばらばらの状態なのかといえば、色々にある。秩序があるようでいて、あんがいばらばらな状態のところがけっこうあるのがいまの日本だろう。

 じっさいの日々の暮らしとは離れたものとして、言説がある。言説を見てみると日本はかなりばらばらの状態だ。社会の活動としてふさわしくない表現がやたらにある。ウェブでそれがひどいのである。

 責任をともなわない自由みたいになっているのが、日本のウェブである。個人主義だったら、個人が責任をになうことで自由を得られる。責任を引きうけないのなら自由を得られない。

 無責任な自由になっている。無責任に、自由なことを言う。自分の責任において自由に行動するのであるよりも、赤信号をみんなでわたればこわくないのようになる。集団化だ。

 じっさいの生活は実在であり、そこに重みを置く。実在に重みを置くのがあるけど、それとはちがって言説に重みを置く。言説に重みを置くのは構築主義(constructionism)である。

 構築主義では言説に重みを置くけど、それによるのだとすると、そこに悪さがあるのが日本である。言説に悪さがあって、社会の活動がふさわしいものとはかけ離れている。差別などのひどい表現がウェブなんかでたくさん目につく。

 社会があって、ウェブがある。そうできるとすると、社会は表面では整っているけど、ウェブは乱れている。乱れているウェブが、社会をこわす。ウェブが社会をこわしているようなところがある。

 日本はよい国だといったさいに、それは言説を軽んじるありようだ。言説を軽んじれば日本はよい国ともできるけど、実在を軽んじて言説を重んじてみると、はたして日本は言われているほどよい国なのかなと首をかしげる

 きょくたんにいえば、言説がすべてであり、言説しかないとするのが構築主義だ。日本でいえば、日本が有るのではなくて、日本についての言説があるだけなのである。言説の中にしかないのが日本だ。

 かつてと今を比べてみると、だんだん時代が進むにつれて統一された状態からばらばらの状態になっていっている。かつては安心がなり立っていたけど、いまではそれがなり立たず、信頼がすごく問われるようになってきている。大手の報道機関なんかが信頼されづらくなっている。

 大きくものを言うのが言説だから、そこがまっとうなのであれば、日本はもっとみんながすごしやすい国になっているだろう。自由と平等と連帯(友愛、兄弟性)をよしとする言説をみんながたくさん言う。普遍(ふへん)の価値を重んじる。社会の活動としてふさわしい言説をみんながしっかりと行なう。それらができていれば、日本人も外国人もみんなが生きて行きやすい国にできる。

 みんなが好きなことを言うのは自由があってよいけど、抑制がないとならない。ふさわしい社会の活動であるためには、抑制をかけながらの表現であることがいる。政治であれば、いさましいことを言うのではないようにして行く。

 できるだけ注目をたくさん集めようとするものである注目の経済だと、抑制をかけた表現はさけられる。抑制をかけないで、それを外した表現のほうがより受ける。社会の活動としてふさわしくない表現がたくさんなされることになる。

 戦後において高度の成長をなしたのが日本だ。経済で高度の成長をなしたから、豊かな社会になった。もはや豊かな社会であることが当たり前のことであるかのようにすらなっている。

 失われた三〇年と言われているのがあるから、あまり経済がよくないのがあるのもたしかだ。そうはいってもいちおう豊かな社会なのがあるとして、そこで言われる豊かさは、皮肉の意味あいもこめられている。豊かさには、よい意味あいだけではなくて、それとなく気づかせる意味あいを含む。

 たんに豊かなのが良いのだけだったら、それとなく気づかせることはいらない。悪い意味あいを含む。じっさいの日本も、日々の暮らしなんかは滑らかだから良いところはあるけど、ウェブなんかを見ると言説が荒れている。乱れている。

 生活のところを見るとあんまり見えてこないけど、ちがうところを見れば退廃(decadence)がおきている。退廃(たいはい)のところをよく見て行くようにしてみたい。退廃をとらえるようにすると、虚無主義(nihilism)がおきていて、いっさいの既成の価値を否定する立ち場が生じている。

 政治では、古いものはだめで、新しいものは良いといった動きがあるけど、これは虚無主義によるところがあるものだろう。財政では、緊縮の財政である財務省を解体することが言われている。大手の報道機関を頭ごなしに丸ごと全否定する。政党では、作られてから時間がたった古い政党は人気がない。新しく作られた政党が人気をもつ。

 古いのはだめで新しいのはよいとは限らないけど、政党なんかでは古いものの悪さも確かにある。与党である自由民主党は、ながく権力を握りつづけていて、おむつかぶれがおきている。戦後にアメリカが日本に着せたおむつなのが自民党による体制だ。学者の姜尚中(かんさんじゅん)氏による。皮ふのかぶれがおきまくっている。

 客観や本質としていまの日本が悪いとはできづらい。生活が滑らかなのなんかは良いのはあるけど、それだけをもってして日本は良いとするのにはまったをかけてみたい。日本がかかえている色々な悪いところを言説として言って行くことはいることである。

 日本を批判して行く言説を言って行く。批判できるところとしては、社会の活動がふさわしくなくて、表現が荒れていて乱れているのがある。表現に抑制をかけないとならない。日本や日本人を、相対化して行く。脱中心化や脱全体化をして行く。

 日本を批判すればするほど、日本のありようはよくなる。批判の数が少ないよりも、批判が増えたほうがのぞましい。本質をぎんみして行く。批判の数が少なすぎるから、日本への批判をもっとうながして行きたい。

 参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹 『できる大人はこう考える』高瀬淳一 『反証主義』小河原(こがわら)誠 『構築主義とは何か』上野千鶴子(ちづこ)編 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『現代思想キイ・ワード辞典』鷲田小彌太(わしだこやた)編 『信頼学の教室』中谷内一也(なかやちかずや) 『現代に生きるファシズム佐藤優(まさる) 片山杜秀(もりひで) 『リーダーは半歩前を歩け 金大中(きむでじゅん)というヒント』姜尚中(かんさんじゅん) 『社会(the social) 思考のフロンティア』市野川容孝(いちのかわやすたか) 『目のつけどころ(が悪ければ、論理力も地頭力も、何の役にも立ちません。)』山田真哉(しんや) 『現代思想の断層 「神なき時代」の模索』徳永恂(まこと) 『思考のレッスン』丸谷才一(まるやさいいち) 『差別原論 〈わたし〉のなかの権力とつきあう』好井裕明(よしいひろあき) 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『「責任」はだれにあるのか』小浜逸郎(こはまいつお) 『希望の国の少数異見 同調圧力に抗する方法論』森達也、今野哲男(企画協力、討議) 『暴力 思考のフロンティア』上野成利(なりとし) 『徹底図解 社会心理学 歴史に残る心理学実験から現代の学際的研究まで』山岸俊男監修 『うたがいの神様』千原ジュニア 『右傾化する日本政治』中野晃一(こういち) 『社会認識の歩み』内田義彦(よしひこ)