自国の人権の侵害にたいして声をあげて改善を求めるべきか、それとも他国のそれに声をあげて改善を求めるべきか―どちらのほうをより優先するべきか

 人権の侵害にたいして声をあげる。人を救う。それを日本の国内と国の外とに分けて見たさいにどういったことが言えるだろうか。

 日本の国内であれば日本の国に人を救う責任がある。日本の国の外であれば人を救うじかの責任は日本の国には必ずしもないかもしれない。

 責任が自国にある中で、人権の侵害がおきていることにたいして声をあげるのは、あんがいむずかしいところがある。自国で責任を引きうけなければならないためである。そのいっぽうで責任が自国にはなく他国にある中で声をあげることはできやすいことがある。それができやすいのは責任が自国にふりかからないためである。

 自国が責任を引きうける形で声をあげることはむずかしい。それとはちがって自国で責任を引きうけない形で声をあげるのはそれほどむずかしくないことがある。そのちがいがおきるのは、むずかしいことはより自国の義務の度合いが高く、易しいことは自国の義務の度合いが低いのによる。

 義務には消極の義務と積極の義務があり、これは完全義務と不完全義務である。完全義務はそれをしなければならないとされることだ。それをしなかったら義務に違反することになる。不完全義務はなるべくまたはできることであれば努力せよといった努力義務だ。いちおうの見なし方としては、消極の義務が第一に重んじられなければならない。日本の国の中ですべての人の人権が守られているかどうかがこれに当たるものだから、重要さの度合いが高い。

 人権は普遍性によるものだから、ひとつの国の中にしばられるものではない。だからすべての国のすべての個人の人権が守られることがいる。日本の国の中にいる個人の人権が守られていればそれでよいといったことはいえないから、他の国の個人の人権が守られているかどうかは重要な点だ。

 遠近法(perspective)で見てしまうと、日本の国の中のことは日本の国に責任があることだから、それが第一に重んじられることになる。それが第一にあって、そのつぎに日本の国の外のことがとり上げられることになる。

 遠近法によって見てしまうと自民族中心主義(ethnocentrism)になってしまうところがあるが、それにおちいるのを避けるためには、ひとつには脱中心化が行なわれなければならない。遠近法の遠と近を逆転させて、遠を近にして近を遠にして行く。それをなすことはよき歓待や客むかえ(hospitality)をすることだ。おもてなしである。

 日本の国の中で人権が侵害されていることにたいして声をあげることだけではなくて、日本の国の外でそれがおきていることに声をあげて行かなければならない。そう言われるのがあるが、そのさいには日本人だからといって日本人についてを特権化しないようにして、日本人についてを脱中心化することが欠かせない。自民族中心主義にならないようにして行く。それをするつもりがほんとうにあるのかが問われることになる。

 自国に責任がおよばない形で、他国が責任を引きうけることになることにたいして声をあげるのは、他国を責めることになる。他国がやっている悪いことにたいして声をあげてそれを責めることは大切なことではあるが、その目先を転じてみて、自国がやっているさまざまな悪いことについても見て行かなければならないだろう。自国がやっているさまざまな悪いことについてを見て行くほうが作業としてはきびしいことになることが多い。作業としてきびしいことになりやすいのは、内集団ひいきの認知のゆがみがはたらくのがあるからだ。

 他国の汚点は自国の汚点でもあるといえるのがあるとすると、自国がかかえているさまざまな汚点を見ていってそれらを改めて行く。それをして行くことは、ひいては他国の汚点を見ていってそれを改めて行くことに間接にはつながって行くことなのではないだろうか。それらは必ずしも切り離されたまったく別々のことがらだとは言えそうにない。

 消極の義務の範囲をどこまで広げて行くべきなのかがある中で、その範囲を他国にまで広く広げて行くべきなのだとするのであれば、それは倫理にかなう見かたではあるだろう。それをなすさいにいることとしては、自民族中心主義で日本の国のことを第一にしているのを改めて行く。自国のことを絶対化や特権化しないで相対化して脱中心化をして行く。よき歓待や客むかえによるおもてなしをして行く。そういったことをすることが必要になってくるから、それらをして行くことができたらよい。

 参照文献 『貧困の倫理学馬渕浩二 「排除と差別 正義の倫理に向けて」(「部落解放」No.四三五 一九九八年三月)今村仁司現代思想キイ・ワード辞典』鷲田小彌太(わしだこやた)編 『徹底図解 社会心理学 歴史に残る心理学実験から現代の学際的研究まで』山岸俊男監修