平成の空気

 平成の空気を詰めた缶詰が商品として売られていた。一個八〇〇円か一〇〇〇円くらいだった。そう言われてみると、平成から令和に元号が移り変わる夜の一二時を境にして、平成の空気はもう吸えないことになる。

 平成の空気を詰めた缶詰を買えば、そこに平成の空気が入っているのだから、平成の空気を吸うことができる。このことにはたして価値はあるのだろうか。

 平成の空気と言っても、それにうそ偽りがあるのではないが、たんなる空気であるのにすぎない。そこに何か意味があるかのように受けとれるのは、有標(しるしつき)になっているからである。無標としてはたんなる空気だが、有標となることで、平成のとか令和のとかといったことになる。

 有標で見れば、平成のとか令和の空気を吸うが、無標で見れば、どちらも同じように空気を吸うというだけである。平成のとか令和のというのは、人為のつくりごとなので、実体ではない。

 参照文献 『語彙力を鍛える 量と質を高める訓練』石黒圭