外国人技能実習制度において、偶然性による負のできごと(event)がおきているのはないがしろにすることはできづらい

 制度の適正な 用い方をとって行く。首相や与党がおし進めている、外国人技能実習制度について、首相はそう言っている。

 与党である自由民主党の議員は、制度によって日本にやってくる外国の人たちが権利をとれるようにするのだという建て前や政治的公正を言っている。この建て前や政治的公正は、まったく心にもない嘘やでたらめというのではないだろうが、必ずしも信用することはできづらい。

 日本の社会に外国からやってくる人たちを受け入れる制度を見て行くさいに、いくつかの問いかけをとってみたい。なぜ、この制度を首相や与党である自民党はおし進めようとしているのか。この制度によって、一部の外国からやって来た人が、日本の社会の中でなぜ不当なあつかいを受けることになっているのか。

 なぜ不当なあつかいを、一部の人たちは受けなければならないのか。これから先に、不当なできごとがおきないように制度を改める確かな約束はできるのか。もし約束ができないのだとしたら、制度についてや、それをおし進める首相や与党である自民党を信用することはできそうにない。

 制度についてを見てみるさいに、負のできごと(event)に着目することは不可欠だ。この負のできごとはじっさいにおきているとされる事件である。制度において、負のできごとが引きおこされたために、こうむらなくてもよかったはずの被害を、一部の外国からやって来た人たちはこうむっている。これは暴力を振るわれたことをあらわす。構造や文化による暴力を振るっていると言ってもよいものだ。

 制度の中で、必然として外国からやって来た一部の人たちが不当なあつかいを受けなければならないということはないだろう。受けるいわれのない不当なあつかいを受けたと見なせるので、偶然による暴力だと受けとれる。このことを軽んじてないがしろにするのであれば、日本の社会は暴力がおきているのを大したことがないことだと見なすことになりかねない。そこに鈍感になるのではなく、もっと政治の権力者は敏感(過敏)になることがあってほしいものだ。