国の財政で借金をどんどん増やして行くようにすることはよいことなのだと言えるのか―不利益分配の闘争

 国の借金は悪いものではない。国の財政において借金がどんどん増えて行くのはまずいことではない。むしろよいことだ。そう言われているのがある。はたしてそのように言うことはできるのだろうか。

 ことわざでは、お金のなる木はない(money does not grow on trees.)と言われている。ただで食べられるご飯はない(there is no free lunch.)とも言われている。これらのことをくみ入れられるとすると、負担あっての給付だとなる。負担がなくてただ給付だけが得られるとは言えそうにない。負担とは国民による税金の支払いだ。

 国が借金をどんどん増やしていっていることを、不利益分配の文脈で見てみられる。不利益分配の文脈で見てみると、国が借金をどんどん増やしていっていることは、未来の国民に負担をどんどん押しつけていっていることをしめす。いまの国民ではなくて、未来の国民に負担をさせる。

 民主主義においてはいまの時点の国民の声に重みが置かれがちだ。未来の時点の国民のことが軽んじられてしまう。いまの時点の国民の声が勝ることになる。不利益を分配する闘争において、未来の国民は負けることになり、不利益が分配されることになる。それをしめすのが、国の財政において借金がどんどん増えて行くことだと見られる。

 国が借金をどんどん増やして行くことは悪いことではなくて、むしろよいことなのだと見なす。そう見なすことは、不利益分配の文脈で見てみられるとすると、未来の国民に不利益を分配していることに映る。未来の国民との不利益の分配の闘争で、いまの時点の国民が勝ることになる。

 不利益の分配の闘争では、いまの時点の国民のほうが勝りやすく、未来の国民は負けやすい。民主主義ではいまの時点の国民の声が通りやすいからである。それでいまの時点の国民が不利益分配の闘争で勝るのだとしても、それが正しいことだとは言い切れないだろう。

 闘争が行なわれるさいに、勝ったほうがいついかなるさいにも正しいのだとは言えそうにない。闘争で勝つのは力を持っていることによることがあり、力を持っているのだとしてもそこに正しさがともなっていないことは少なくない。

 いまの時点の国民の中には生活に困っていて苦しんでいる人は少なくはないだろう。それを何とかするために、国の財政で借金をどんどん増やしていって、国民に利益をどんどん分配して行く。国がどんどん借金を増やして行くことによって、国民に利益が分配されることになって行く。そうなることを目ざすことが言われているのがある。

 たとえ国が借金をどんどん増やしていって、国民に利益を分配しようとしたとしても、それによって不利益分配をどうするのかの文脈から脱することはむずかしいのではないだろうか。たとえ国が借金をどんどん増やして行くことをよしとするのだとしても、不利益分配をどうするのかの文脈から脱することにはなっていない。

 国が借金をどんどん増やして行くことがはたして善なる政治と言えるのだろうか。それを善政だと呼べるのだろうか。それはむしろ逆に悪政だと言うことも言えるかもしれない。悪政のしわ寄せを未来の世代に押しつけることになり、未来の世代が不利益分配の闘争に負けることになる。

 いまの時点の国民の中に生活に困るなどで苦しむ人が少なからずいるとして、そのもとにあるのは、国が借金をすることが足りないからだとは言えそうにない。もしも国が借金をすることが足りないことがもとになって、いまの時点の国民の中に生活に困るなどで苦しむ人が多くおきてくるのであれば、国が借金をどんどん増やして行くのは手だてとしては有効だろう。

 どのようなことがもとになって、いまの時点の国民の中に生活に困るなどで苦しむ人が少なからずおきてくるのだろうか。そのもととしてはいろいろなことが要因としてはあるだろうが、ひとつには社会の中に差別があることによっているだろう。

 政治において悪政が行なわれていることによって、社会の中の差別が正されない。それで国民の中に生活に困るなどで苦しむ人が少なからずおきてくることになる。そう見られるのがあるとすると、悪政が行なわれているのを少しずつ改めて行く。それで社会の中の差別を少しでも減らして行く。そのためにはこれまでの負の歴史をきちんとふり返ることも必要だ。

 国がどんどん借金を増やして行くことが、善なる政治になるのだといった声もあるだろう。それを全面として否定するものではないけど、もしかしたらそれは逆に悪政に当たるおそれがないではないから、そのことを少しはくみ入れておいてもよいものだろう。不利益分配の文脈から脱することになっているのかどうかを、できるだけ慎重に見て行くことがあったらよい。

 参照文献 『「不利益分配」社会 個人と政治の新しい関係』高瀬淳一 『赤字財政の罠 経済再発展への構造改革』水谷研治(けんじ) 『年金の教室 負担を分配する時代へ』高山憲之(のりゆき) 『日本国はいくら借金できるのか? 国債破綻ドミノ』川北隆雄 『絶対に知っておくべき日本と日本人の一〇大問題』星浩(ほしひろし) 『事例でみる 生活困窮者』一般社団法人社会的包摂サポートセンター編 『差別原論 〈わたし〉のなかの権力とつきあう』好井裕明(よしいひろあき) 『一冊でわかる 政治哲学 a very short introduction』デイヴィッド・ミラー 山岡龍一、森達也訳 『考える技術』大前研一