消費税と国の借金を、法の決まりの点から見てみたい―財政の均衡を定める法は、悪法なのか

 消費税を下げることがいる。国の財政の借金はなんの問題もない。そう言われているのがあるが、そのことについてを法の決まりの点から見るとどういったことが言えるだろうか。

 消費税を上げるか下げるかや、国の財政の借金は、法の決まりと関わっている。なので、形式論として法の決まりによって見ることができる。たんに消費税を上げるか下げるかや国の財政の借金がどうかをとり上げるのは、実質論によるものだ。

 形式論として見てみると、かりに消費税を下げることがよいことだとすると、それをなすことのさまたげになっている消費税の法の決まりは悪い法であることになる。悪法である。

 国の財政で、借金をすることはなんの問題もなく、どんどん借金をして行くべきなのだとすれば、それをなすことのさまたげになっている、財政を均衡させるべきだとする法の決まりは悪い法であることになる。悪法だ。

 どういったものが悪い法なのかは、価値についてのことがらだ。このさい、事実(is)と価値(ought)を分けて見ることがなりたつ。よい法なのか悪い法なのかはさしあたって置いておいて、たんにその法があるとするのが事実だ。事実によって見てみられるとすると、よい法か悪い法かは人それぞれによって見かたがちがってくるが、その法が事実としてあることは客観だ。

 国の財政で借金をすることがよいことなのかそれとも悪いことなのかどうかでは、原則論としては借金をすることはよくない。財政を均衡させるのがのぞましい。例外論としては、借金をすることが行なわれている。原則論による正しさがあり、例外論による正しさもある。どちらかだけに割り切りづらい。

 消費税を下げるべきだとか、借金をするべきだとするのは、やや弱みがある。その弱みとは、原則論としていえば、借金をするべきではなくて、財政を均衡させるべきだからである。例外論であるところに弱さがある。

 消費税を上げて行くのは形式論によるところが大きい。消費税が上がることは、みんなが喜ぶようなことではないから、上げるのにそうとうに労力がかかる。それとはちがい、消費税を下げるのや借金をどんどんやって行くのは、実質論によるところが大きい。消費税を下げるのは、みんながいやがることではないから抵抗が少ないし、借金をどんどんやって行くのは形式の手つづきの労力がかからない。だから楽なことなのである。

 消費税を上げていったり、借金をしないようにしていったりするのは、原則論としての法のあり方に合う。形式論の点で強みをもつ。消費税を下げたり、借金をどんどんしていったりするのは、例外論によるものであり、実質論に当たり、形式の点からするとやや弱さがある。

 いまの日本は、例外が例外ではなくなっていて常態化してしまっている。既成事実となっていることに弱いのが日本にはあり、借金をすることが当たり前になってしまっていて、まひしてしまっているので、そこに危なさがあることは否定できない。原則と例外が転倒してしまっているのだ。

 参照文献 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『いやでもわかる金融』日本経済新聞社編 『よくわかる法哲学・法思想 やわらかアカデミズム・〈わかる〉シリーズ』ミネルヴァ書房