桜を見る会と、それをとり巻く条件や状況―ゲシュタルト心理学で言われる図と地によって見てみる

 桜を見る会そのものというよりは、それをとり巻く条件や状況がある。その条件や状況を見て行くことができる。

 桜を見る会そのものについては、それを大きなことと見るだけではなくて、小さいことや大したことがないことだと見ることもまたできるだろう。

 そのものについてではなくて、それをとり巻く条件や状況を見て行くのは、ゲシュタルト心理学で言われる図と地でいうと、図ではなくて地を見て行くことに当たるだろう。

 図ではなくて地を見て行くとすると、効率性がどうかというのがある。この効率性というのは、桜を見る会とはどういうものなのかという何(what)や、なぜなのか(why)というのではなくて、どのようにとり組んで行くのか(how)に関わる。

 何(what)やなぜ(why)というのも大事ではあるが、そこについては色々に見られるのがあるから、見かたが分かれるところだ。それらについてはひとまず置いておけるとすると、どのようにとり組んで行くのか(how)ということで、それは問題の解決についてのことである。問題が解決しないよりはしたほうがよいのだし、それは効率よくなされる方が合理的だ。

 桜を見る会についてを一つの危機だと見なせるとすると、その危機をできるだけ効率よく片づけることがのぞましい。それができないで非効率になるのは、いまの時の政権が解決に協力せずに非協力になっているせいだ。危機に正面から向かい合うことから逃げつづけている。

 効率よく片づけることができれば、速やかにことが解決することになる。それができていなくて、非効率になっているのは、いまの時の政権のせいだと言ってよい。いまの時の政権は意図して非効率にすることをねらっていて、時間がすぎてうやむやになることで逃げ切ろうとしている。

 桜を見る会が図だとすると、それをとり巻く地としては、情報社会になっているという状況がある。情報社会になっていて、さまざまな情報が流通するようになっているので、色々な行動のこん跡があとに残ることになるし、色々な情報が生成されることになる。色々にある情報をつき合わせてみると、おかしいことが浮きぼりになってきやすい。

 図を見るのではなくて、地を見るようにすれば、そもそももっと効率よく片づいていないとおかしいのだし、それができていないで非効率になっているのは、いまの時の政権のせいだと言ってよい。効率よく片づけることの足を引っぱっていて、協力しようとはしてない。それに、情報社会という状況があるので、いまの時の政権が制御し切れない情報が色々にあって、秘匿し切れていない。色々にある穴があらわになっているのがある。

 参照文献 『危機を避けられない時代のクライシス・マネジメント』アイアン・ミトロフ 上野正安 大貫功雄訳 『鼎談書評 固い本 やわらかい本』丸谷才一 山崎正和 木村尚三郎