旧民主党の時代は悪夢だった。首相はそう言っていた。首相にとって、旧民主党の時代は悪夢であってくれないと困る。旧民主党の時代は暗で、いまの自由民主党による政権が明ということにしておかないと、いまの自民党による政権の色々な暗をごまかすことができづらい。
人によっては(首相のように)、旧民主党の時代は悪夢だったということもあるだろう。悪夢だったとはいっても、三年ほどで旧民主党の政権は終わったので、見切りがわりに早かったのはよかったのではないだろうか。見切り千両と言われるのがある。
いまの首相による政権は、色々な暗をかかえているのにも関わらず、見切りがつけられていない。悪夢で、なおかつ見切りがつけられないことが、ほんとうの意味での悪夢ということではないか。まだまだいまの首相による政権や、いまの与党による政権が、これからもずっと引きつづいてほしいという人もいるかもしれないし、それを必ずしも否定するものではない。悪夢というのは言いすぎた言い方であって、色々な見かたはできるものだろう。
変えやすいときには、変えることの必要性には気がつきづらい。変えることの必要性に気づいたときには、すでに固定化されていて変えづらくなってしまっている。このジレンマ(矛盾)は、デヴィッド・コングリッジによるコングリッジのジレンマと言われるものだ。さまざまなことにおいてこのジレンマがおきることがある。