日本の国民を軽んじるアメリカの政府(アメリカ軍の基地のまわりでは人権の侵害がおきている)

 沖縄県と東京都のアメリカ軍基地に、オスプレイが配備されているという。オスプレイはふつうの飛行機よりもさらに騒音が大きいそうだ。それで近隣の住宅に住む人が苦痛と不安をいだいていると、テレビ番組で報じていた。

 アメリカ軍基地から飛び立つオスプレイからは、兵器の銃口がまわりに向けられている。まわりの住宅地の住民を敵に見立てているのだ。このことが意味するのは、アメリカは日本の国民のことを、対等ではなく下に見ているのではないだろうか。いわば、アメリカ国民は上級国民だが、日本の国民はそれよりも下なのだ。

 オスプレイ沖縄県の基地に配備されていたが、それが東京都の横田基地にも配備されるようになった。横田基地に配備されたオスプレイは、沖縄のものよりもより危険なものであるという。より危険な軍事行動の訓練をしている。

 沖縄県だけのことだとしていたのが、本土の沖縄化となっている。沖縄に限定されないということだろう。沖縄と本土という区別をするのはおかしいかもしれないが、沖縄と本土とのあいだに相互作用がはたらく。沖縄を犠牲にすることが、それだけではすまず、そこに相互作用がはたらくことによって、本土にもまた負の作用となってはね返ってくる。

 アメリカが言うことや、日本政府が言うことは、はたして信用できるものなのだろうか。そこには、表と裏があるというふうに見られる。おもて向きで言っていることは、偽りであることがあって、裏があるのだ。アメリカはベトナム戦争のときに、自分たちの国の兵士までもだまして、偽りのことを言っていた。それで捨て駒になって犠牲になったアメリカの兵士は少なくはない。アメリカの国や、日本の政府の言うことは、そのままでは受けとりづらいものであって、疑ってかかったほうがよいのがある。

 参照文献 『母は枯葉剤を浴びた ダイオキシンの傷あと』中村梧郎(ごろう)