覚悟をもった政治家は与党である自由民主党の中にはあまり見あたりそうにない―とりわけ政治の権力の中心に近いほどそれがとぼしいように見える

 公文書の管理は大切だと言っていたところを、自分の本の中からその部分をとり除く。与党である自由民主党菅義偉首相がいぜんに自分で出した本についてそうしたことをしたという。それで、いぜんにはあった公文書の管理についてのところをなくした本を新しく出し直すという。

 菅首相が新しく本を出し直すいきさつにおいてどのようなことが言えるだろうか。そこには日本の政治において原理原則が欠けていることがうかがえる。公文書の管理は政治において中心をなすといってよいくらいの原理原則にあたるが、それをいざ政治の権力の地位についたらいともたやすく軽んじてしまう。いぜんに言っていたことをいともかんたんにひっくり返す。一貫性が見られない。

 政治家の覚悟との題が菅首相が新しく出し直す本にはつけられているようだが、菅首相には公文書の管理についての覚悟がぜんぜん足りていないのではないだろうか。それについて他から開かれた形で批判を受ける覚悟ができていない。

 公文書の管理は政治の中心をなす原理原則といってよいくらいに大切なものなのだから、それについて菅首相がいぜんに出した自分の本の中で触れているのはその重要性を菅首相が自分で認識していたことをあらわす。重要なところなのだから、それについて触れていたところを、新しく本を出し直すさいになくしてしまうのは理解ができづらい。

 まんじゅうでいえるとすると、まんじゅうをつくってから、中のあんこをわざわざとり除いてしまうようなものではないだろうか。せっかく中にあんこが入っているのにも関わらずそれをとり除いてしまう。まんじゅうをつくってから、あとから中にあんこを入れ忘れたことに気がついて、あとからあんこを入れ直すのならまだわからないではない。そういえば中のあんこをついついうっかりしていて入れ忘れていて、それをあとになってから気がついて入れ直すのならまだわからないことではない。あとから肝心なところをつけ足すのならまだわからないではないが、その逆にあとから肝心なところをとり除くのでは台なしだ。

 日本の政治では公文書の管理がないがしろにされやすい。それがよく見てとれるのが与党である自民党のなしている政治のやり方である。ほんらいであれば政治において国民の自己実現と自己統治がもっとも重んじられることがいり、そのために公文書がきちんと管理されていることがいる。

 公文書の管理はあくまでも国民のためのものだが、そうではなくてたんなる国民の代理や代表にすぎない政治家や役人のためのものになってしまっている。日本の政治では日本の国がつくられた明治の時代から官である役人が政治の主となってきたために、国民が主とはなりづらい。官である役人や政治家の都合しだいによっていかようにも情報が都合よく統制されてしまう。国民のことは二の次である。

 情報の統制とは日本の戦前や戦時中に大本営発表が行なわれたのがそれにあたり、政治の権力による情報の操作や情報の秘匿(隠ぺい)がある。いまの与党である自民党は情報の統制をいろいろな形で裏でしていると見られる。それによって政治の権力を保つ手段にしていて、逆にいえば、情報の統制をしていないと政治の権力を保ちづらい。開かれていない閉じたあり方だ。

 政治の権力が情報の統制をするなかで、報道機関などの情報をつねに監視して、にらみをきかせて圧をかけている。開かれた自由な報道の流通がさまたげられている。日本の社会が空気や和に弱く、服従や同調がいともたやすくおきやすいことが、政治の権力によって悪用されている。

 政治の権力にすり寄って権力の顔色をうかがい空気を読むたいこ持ちや権力の奴隷となる人材には日本の社会はこと欠かない。政治の権力からの呼びかけにすなおに従う自発の服従がおきやすい。目だちづらいところにいるのならともかくとして、目だつところにいると(目をつけられやすいことから)とりわけ難しいことではあるものの、たいこ持ちや権力の奴隷にはなるまいとする辺境人(marginal man)の覚悟をもつ人はそれほど多くはない。中心や中央への志向が強い。

 政治家の覚悟と題されているのが菅首相の本のようだが、ほんとうにその覚悟があるのかがいぶかしいものである。きびしいことを言わせてもらえるとすると、政治家(statesman)の覚悟ではなくて、短期の利益を追うものである政治屋の覚悟や、大衆迎合主義者(ポピュリスト populist)の覚悟としたほうがふさわしいかもしれない。政治の権力を保つことが自己目的化しているのがあり、保身の覚悟ならじっさいに目につく。数の力によってものごとをおし進めようとするために、質がとり落とされて、政治の権力の中心やそれに近い政治家の理性の退廃による理性の道具化がいちじるしい。

 参照文献 『国家と秘密 隠される公文書』久保亨(とおる) 瀬畑源(せばたはじめ) 『公文書問題 日本の「闇」の核心』瀬畑源 『現代思想キイ・ワード辞典』鷲田小彌太(わしだこやた)編 『現代思想を読む事典』今村仁司編 『情報政治学講義』高瀬淳一