うみというよりさび

 膿(うみ)を出し切る。そう言っていたのを、あとになって、膿とは公文書のことにすぎず、それを出すことだったのだと首相は言っている。そうであるのなら、最初から、公文書という膿を出すと言うべきであり、そう言っていなかった以上、公文書が膿だとは見なしづらい。公文書を出しただけでは、膿を出したことにはほとんどなっていない。どのみちおかしい。

 膿というか、さびだという気がする。身から出たさびなのである。かなりひどい深刻なさびだ。そのさびというのは公文書のことではない。なので、膿を出したことにもならないし、さびもそのままである。さびが退かないことには、さびをどうすることもできそうにない。さびが退かずにそのままでいるのでは、さびはそのままになってしまう。まずは、さびであるという自己認識をもつことがいりそうだ。そこが出発点となる。そして、さびをとり除くことができればよい。あくまでも個人の意見にすぎないものではあるけど。ほかの意見もあるだろうし、それがまちがっているというわけではないのはある。