国際法の守られづらさと、理想と現実とのあいだにあるさまざまなズレ―国際社会には(国内の政府に当たるような)国際政府がない

 日本と韓国とのあいだの関係が悪くなっている。これは韓国にすべての責任がある。テレビ番組の中で、自由民主党菅義偉官房長官はそう言っていた。

 官房長官は、韓国が国際法を守らないのがよくないのだとして、国際法を守れと言っている。具体的には、一九六五年に結ばれた日韓基本条約を韓国は守るようにということだろう。

 国際法を守れというさいに、そもそも国際法がはらんでいるまずさを見ないとならないのではないだろうか。国際法には二つの点があって、それはかなり高い水準の内容をもった優れたものであるというのが一つあって、そのいっぽうでもう一つには国際法はそれほど守られていないということがある。

 国内法と国際法をひき比べてみると、国内法は政治の権力や司法があるので守られやすい。政治の権力は国内の暴力を独占しているので、さいごには暴力を用いることができるので、それをちらつかせることによって法律を守らせやすい。

 国際法は、守られづらいところがある。国際社会には国際政府というただ一つの権力がない。色々な勢力が並び立っている。いくつもの主権国家がある中で、そのあいだできちんと法の秩序が保たれているというよりは、現実にはどちらかというと力の支配となりやすい。

 日本のいまの政権の官房長官が韓国にたいして言う、国際法を守れというのは、それそのものは否定しがたい(つまり正しい)ものではあるが、具体性に欠ける。抽象的である。もっと踏みこんで見てみると、国際法に焦点を当ててみれば、それが守られていない現実はいくつもある。国際法と現実とのあいだにはズレがある。

 もし現実が国際法どおりに動いているのなら、とてもよいことだけど、そうはなっていない。それに、国際法と(一九六五年に結ばれた)日韓基本条約とのあいだは、ぴったりと合っているというのではなくて、その二つのあいだにはズレがある。国際法すなわち日韓基本条約、ということではない。

 国際法と現実とはズレてしまっているし、国際法日韓基本条約とは(ぴったりとは合っているのではないので)ズレているし、日韓基本条約は正しさそのものというほどではないはずだから、そこのズレもある。

 官房長官が韓国にたいして言う、国際法つまり約束を守れというのは、それそのものは否定しがたくて正しいものではあるが、それはなぜなのかというと、抽象的すぎるからなのだ。色々な個々の現実のありようを捨象して切り捨てて、たんに国際法を守れとか約束を守れというのなら、それそのものは否定しがたくて正しいけど、そこには具体性がいちじるしく欠けてしまっている。

 かりに官房長官国際法を持ち出すのであれば、国際法と国際社会の現実とのあいだのズレをとり上げるべきで、国際社会が法の支配ではなくて力の支配になってしまっているのを無視するのはおかしい。さらに、国際法日韓基本条約とのあいだのズレもあるし、日韓基本条約にまつわる日本と韓国とのあいだの理解のズレもあるし、日韓基本条約と正しさ(一〇〇パーセントの正しさ)とのあいだのズレもある。そうしたズレをそれぞれとり上げることがいるのではないだろうか。

 日本の国としては、国際法だとか、国どうしの約束だとかという、抽象的なことを言っていて、具体性が欠けてしまっている。形式論(一般論)なのだ。そのいっぽうで、韓国としては、そうした抽象や形式ではなくて、具体や実質を見ているのではないだろうか。日本の国は抽象で、韓国は具体ということで、そのあいだにズレがおきている。日本の国は、抽象だけで押し通すのではなくて、具体のところを見るべきだ。

 抽象ではなく具体を見るべきだというのは、日本の国は、国どうしの約束である日韓基本条約を守っているからといって、とくにほめられたことではないからだ。その約束は、もとを正せばそもそも日本が韓国にたいして被害(危害)を与えたことの埋め合わせをするものなのだから、だとすれば日本はそれを守って当たり前だし、守っているからといってそれで十分だとは言えない。その約束の内容が不十分なものだというのもありえるのだし、金銭などでは埋め合わせがつかないことをしてしまったのもあるから、日本の国は、胸を張ってえばれるのだとは見なしづらい。

 日本の国がとっている抽象や形式の中には、視点を広くとってみればズレや矛盾がいくつもあるし、具体や実質に欠けているのだから、そこについてを見直してみたらどうだろうか。そうしないと、日本と韓国とのあいだに食いちがいがおきつづけることになりかねないし、議論がかみ合わないままになってしまいかねない。

 参照文献 『戦争の克服』阿部浩己(こうき) 鵜飼哲(うかいさとし) 森巣博(もりすひろし)  『究極の思考術』木山泰嗣(ひろつぐ) 『人を動かす質問力』谷原誠