そりの伝説化

 下町ボブスレーとして、ボブスレーのそりをつくる。東京都の大田区の町工場がもっている技術をそこに活かす。そうした動きを国もあと押ししていた。それで、ボブスレーのジャマイカチームに使ってもらう契約だったのが、とりやめになる方向だという。偶然に使ってみたラトビア BTC 製のそりが、日本の下町がつくったそりよりも具合がよかった。それでジャマイカチームは新たにラトビア BTC 製のそりを使うことに決めたという。

 日本とジャマイカチームが結んでいた契約の内容は、改めて見るとちょっとおかしい。そりを使うぶんには無料であり、契約を破棄したさいには開発料の四倍となる六八〇〇万円もの額を支払わないとならない。なぜこのような内容になっているのかというと、日本としては、ジャマイカチームにそりを使ってもらうことで、評判が高まり、うまくすればそのごにそりの注文が他からやってくるのを期待していたのだということである。

 本当に技術をもっていて、それが高いものであるのなら、そりを無料で使ってもらうという契約の内容ではなくて、きちんとそれなりのお金を支払ってもらってそりを使ってもらうようにするほうがよさそうだ。そのほうがあと腐れがない。使うぶんには無料だけど、契約を破ったら高額の支払いをしないとならないというのは、ジャマイカチームにそりを使ってもらって、宣伝してもらうという日本の側の魂胆が透けて見えてしまっている。

 下町ボブスレーとして、相手にそりを使ってもらうかどうかは、交渉が関わっていそうである。下町ボブスレーのそりを相手に何としてでも使わせるというのだとちょっとおかしい。そりが世界にいくつもある中で、どれを使うかの意思決定権はジャマイカチームにある。契約を結んだのだから使うべきだというのは、下町ボブスレーのそりがきわめて優れたものであり、世界一のものであることが前提となっているものだろう。もしそうではなく、ほかのそりのほうが優れていることがわかったのであれば、優れているほうを使いたくなるのが人情である。

 契約を破ったら高額の支払いをしなければならないのだから、そうそう簡単には破らないだろうというのは、趣旨がずれてしまっているところがある。あくまでも優れたそりだから使ってもらうようにするべきであり、そこが肝心なところとなる。そうして使ってもらうことで、結果としてそりの名声が上がるのであれば不自然ではない。しかし、はじめから宣伝を見こしてそれを目的とするようなやり方でものごとを進めているようなのだと、見こみちがいもおきてしまう。

 契約を結んだのは参与(コミットメント)であり、それがずっと守られるのであれば、さしたる問題はおきない。しかしその参与が破れたことで、問題がおきることになった。下町ボブスレーのそりよりも、ラトビア BTC 製のそりのほうが優れているのだとすると、そちらを使ったほうがジャマイカチームにとっての満足度は高い。

 日本としては、あくまでも下町ボブスレーのそりを使って、ジャマイカチームに結果を出してもらいたい。そうしたもくろみがあることは確かだろうけど、そうしたもくろみによる思わくが強ければ強いほど、お笑いで言われるフリみたいなのがきいてしまう。落ちとして、もくろみがこけてしまうおそれが生じてくる。期待が大きいほど、それにたいする裏切りもまた大きくなる、といったあんばいである。

 期待どおりにものごとが進めばよかったのはあるわけだけど、それとは別に、期待どおりにはものごとは進まないこともあるわけだから、そのときにどうするのかという視点があってよい。その視点として、契約を破ったさいに高額のお金を支払わせるというのがあったのだろうけど、そうしたことではなく、ジャマイカチームの満足度をいかに高めるかという視点がないと、ほんらいの趣旨から外れてしまっているのがある。もともとは、下町がもっている技術が高いから、ジャマイカチームに満足を与えられるというのがあるはずである。満足をうまく与えられないのであれば、技術が高いのではないか、もしくはうまく活かせなかったのがありそうだ。