与党の政権がよいことや正しいことをしていて悪いことやまちがったことをしていないかどうかの不確定性―権力チェックの必要性

 野党が与党の足を引っぱる。新型コロナウイルスへの感染が広がっている緊急のときだから、野党がいたずらに与党のあげ足をとるのはよいことではない。これは野党が劣で与党が優とする見なし方だ。

 じっさいには、野党が劣で与党が優というのが反転してしまっていて、野党が優で与党が劣になっているところがないではない。

 与党の政権が優であればあるていど安心して任せることができるが、そう見なすことは必ずしもできそうにない。政権のやることについて不安を払しょくすることができづらいのがある。

 まったく根も葉もないようなことを野党が与党にたいして言うのであれば、緊急のときにはとくによいことだとは言いがたい。それとはちがい、あるていど根拠があることをもとにして批判をするのであれば、緊急のときだとはいっても、それがまったくいらないことだということは必ずしも言い切れないのがある。

 与党の政権のやっていることに少しでも反対する。それをぜんぶ一まとめにして批判をすることだとするのではなくて、切り分けて見ることがなりたつ。まったく根も葉もないようなただの悪口のようなことであれば、それを野党が与党に言うことはのぞましくはない。それとはちがって、あるていど的を得たことを言うのであれば、与党の政権がかかえる悪いところをさし示していることがある。

 政権のやることや言うことに悪いところがないのであれば批判はされない。悪いところがあるのなら批判されることになる。批判の出もとは政権にあると見ることができる。

 ゲシュタルト心理学では図と地を反転して見ることができるとされている。それを当てはめてみると、与党の政権を図として野党を地とするのなら、野党に悪いもとがあるのだと見なせる。その図と地を反転させて、野党が図で与党を地とすることもできて、与党に悪いもとがあるのだとも見なすことがなりたつ。

 野党が与党の足を引っぱっているとするのであれば、社会的矛盾がおきるもとが野党にあるとすることになる。その見なし方をまちがいなく固定化することができるとは言い切れず、逆のおそれもある。社会的矛盾がおきるもとが与党の政権にあるとも見なせる。

 国民の益になることをやることに非協力なのが、はたして野党なのか、それとも与党なのかは、どちらかに完全に割り切れるとは言い切れない。与党の政権がまちがいなく国民の益になることだけをしているとは言えず、その逆になっていることが少なからずあるとすると、そこをさし示すことは必要だ。

 与党の政権が無責任体制になっていて、与党の政権が国民の足を引っぱっていることが、まったくないのだと言うことはできず、その見こみはきびしく見れば少なからずある。このさいの国民は、広くは過去や現在や未来の国民をふくむ。また均質なものではなく、ちがいをもった者を包括したものである。

 参照文献 『社会的ジレンマ山岸俊男 『青年教師・論理を鍛える』横山験也