断交の影響

 韓国と断交するのは、現実的なのだろうか。政治政党の日本第一党の代表である桜井誠氏は、公約の一つとしてこれを訴えているようである。もし政権をとったら、そうするのだという。かりに断交したとして、それでたしかに日本の国に益することにつながるのかは、定かとはいえそうにない。

 まず、日本と韓国とは、おたがいに共通の価値観をもっている。それは、自由主義立憲主義をとっていることによっている。くわえて資本主義の経済をとっていることも同じである。だから、おたがいに交流するのが自然なのである。それに、隣にあるのだから物理的にも距離が近しい。古来より、おたがいに交流してきたのもある。日本はおおむね、大陸につながる朝鮮半島から文物をとり入れるのがもっぱらだったのだろうが。

 すでに経済なんかで交流をしているのだから、いきなりそれをすぱっと断ち切るのは、日本の経済に少なからず負の打撃がもたらされかねない。経済にとってマイナスなのである。そうした負の影響を補ってあまりあるような、はっきりとした益があるかどうかが問題だろう。たんに、感情的にすっきりするというだけの理由だと、理由づけとしては弱い。

 断交したとして、それで相手側がはいそうですかと受け入れてくれるのかもはっきりしない。相手には相手の言動の自由というものがある。日本について、なにか悪いことを世界に向けて言いふらされたりするのを、まさか相手の口をふさいで止めるわけにはゆかない。こっちも負けてはいないとして、相手の悪いことを世界に広めようとするのでは、不毛な泥仕合になる。

 断交というのは、もしそれができたら、よい面もなくはない。関係を一時的にせよ、きっぱりと断つことによって、お互いの頭が冷えるかもしれないからである。しかし、それは現実にはちょっとかなわないことであるから、そうしたシミュレーションをしてみるのも手ではないだろうか。断交で得る面だけではなく、失う面についても十分に計算してふまえてみる。

 断交したとして、本当に今よりもよくなるのか。かえって悪くなりはしないのか。事態がいま以上にこじれてしまうおそれもなくはない。なので、動機だけでつっ走るのではなく、そうした帰結を総合的にふまえることもいる。おたがいに、自由主義かつ資本主義として、同じ国のありかたを共有している。それにくわえて、東アジア的な中華思想をともに分有している。そこから、互いにぶつかり合ってしまっている面もある。そうした構造的な要因もあるだろうから、その点も無視できそうにない。

 たいてい、なんらかの意思決定においては、認知的な歪みがかかわっているものだ。そうした歪みがまったくないというのは考えづらい。なので、しばしば判断を間違ってしまうことになる。それでも、一人の人間の行動であれば、その人が失敗するだけだから、(極端なことでなければ)まだ挽回の余地はある。ちょっと物騒ではあるが、ことわざでは、命あっての物種、なんていうのもある。これが一人の人間ではなく、集団となると、その失敗は集団全員か、もしくは弱い人に負の影響がおきてしまう。なので、できるだけ慎重にものごとをとらえるのがよさそうだ。

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