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競争はこれから激しくなってゆくのか

 これからどんどん、競争が激しくなってゆく。人工知能である AI の実用化も、しだいに迫ってきている。であるから、人に負けないように、競争に勝ってゆくすべを身につけないとならない。いまから先取りして意識してゆくことがいる。でないと間に合わない。少なくとも、優秀な人はそうしているわけだ。こうしたことを、予備校講師の林修氏は予想していた。小さくなってゆく市場のパイのなかで、その取り分を奪い合わないとならない。その厳しさを説いている。

 希望的観測ではあるかもしれないが、林修氏とは逆のことを感じる。反論として、これからは、どんどんと日本人どうしの競争が少なくなってゆくのではないかと予想したい。なぜかというと、日本の人口が、超少子高齢社会によって、減ってゆくからである。それも、生半可な減りかたではなく、それなりに鋭角だ。過去の人口政策の失敗もあるだろう。人口の量というのが下部構造にあたり、その上部構造として競争のありかたが決まる。そうした見かたである。

 人口の量が減れば、ライバルもその分だけ少なくなり、楽になる。息がつきやすくなるわけだ。1人でも少なくなれば、競争相手は減るわけだけど、これはたんに気の持ちようといった面もあるかもしれない。よく、ベビーブーム世代の人は、自分たちの 10代のときに、学校の入学試験の競争がいかに厳しかったかを説く。そうした逸話を当事者から聞いたことがある。

 あくまでイメージにすぎないのだが、人口が少なめな国というのは、のんびりとして生きている感じがする。具体例を挙げよといわれても、なにぶん知見と視野が狭いものだから、それはちょっとできない。投資の世界でいう、ロープロファイル・ハイリターン、といったあんばいである。ロープロファイルというのは、目立たないといった意味をさす。大国志向とは逆だ。

 林修氏のいうように、これからは競争が厳しくなってゆくのだとしたら、間違ったことを言ってしまったことになる。そうではあるのだけど、少なくとも、たんに厳しくなってゆくだけではないのではないかという気がする。競争で勝ってゆくためには、効率がよい人間にならないといけない。そうした効率性というのは、肝心の方向性(ベクトル)がまちがっていると、いくら量を積み重ねても、けっきょくは賽の河原のようになりかねないという。

 なので、全体を見渡すようなゆとりがなるべく持てればよいのだろう。競争の激しい、レッドオーシャンを避けるなど。大器晩成なんていう言葉もあるから、あまり焦らないでいれば、いずれ風向きが変わるかもしれない。ちょっと無責任なことを言ってしまっているし、負けっぱなしの人間が言っても説得力がないおそれがある。

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