親と子の線引き

 父のおこなったまちがいを、子がになうべきなのか。あくまでも、父は父であり、子は子である。ここの線引きはちょっとむずかしいところがあるなと感じた。というのも、タレントの石原良純氏がコメンテイターとしてテレビ番組で都政を語ることに、東京都知事小池百合子氏はけしからんといったような印象をツイートで述べている。すごく微妙なところを突いているが、個人的にはこの小池都知事のツイートにたいして、(人としての器が小さいせいか)けしからんという感じを受けてしまった。

 石原慎太郎元都知事を父にもつ良純氏は、都政にかんして、まったく連想のしようがないというふうには言えそうにない。父と子という間がらであるので、つながりがある。なので、負の遺産をおっているとされるいまの都政について、まったく他人ごとのようにして良純氏が語るのを見ると、ちょっと違和感を感じてしまうのも、無理はないところがある。

 小池都知事は、あくまでも父と子は別人格である、という断りをツイートのなかでつけている。そのうえで、テレビ番組の出演者の人選にたいして、都政を良純氏に語らせるのは、まちがった起用であることをにおわせているのだ。この指摘については、全面的な支持を得ているかはともかくとして、一定以上の共感を生むことはたしかだろうと感じる。

 もしかしたら反感を買ってしまうかもしれないし、またまちがった見かたかもしれないが、小池都知事のツイートの内容は、よくないものなのではないか。そういった感想のツイートをまったくするな、というわけではない。そうではないのだけど、そもそも良純氏は、都政についての責任はとくに負ってはいないのではないかという気がする。

 父親が都知事だからといって、それで得たお金で扶養されていたわけでもたぶんないだろうし、それとこれとは別といえるだろう。なぜ、連帯責任として、(別人格であるにもかかわらず)父のやったことを子が自動的に背負わないといけないのかがちょっと不可解だ。テレビ番組の出演についても、番組に出てコメントをすることにとくにさしつかえがあるとは思えない。ただ、一般の視聴者からすると、違和感がある人は少なからずいるかもしれない。

 かたくるしいことを言ってしまうかもしれないが、小池都知事のくだんのツイートは、民間の言論活動にたいする、権力者の介入(干渉)になってしまいはしないかと危惧する。そうだとすると、ちょっと踏みこみすぎていそうだ。コメンテイターが好き放題なことを言うのはたしかにいささかの問題があるかもしれない。しかし、民放のテレビ番組は公金が使われているわけではないから、政治的自由がなるべくあったほうがよい。そのなかで、受けとる人が取捨選択をすればよいのではないか。