(日本の憲法がうたう)平和主義がとくに問われるいまの時代

 ちょうどの正しさか。それもまた大事な点だ。

 いまちょうど正しいものだともできるのが日本の憲法だろう。いまの世界では平和が重みをもつ。戦争の世紀になりかねないから、平和が重みをもつ中で、日本の憲法の平和主義は値うちがある。平和の生存権を確かなものにすることがいる。

 権力をもっていたとしてもちょうど(just)ではない政治家がいる。ちょうどの正しさからかなり離れてしまっているのが高市首相だろう。

 心の中の像(image)を外に表現する。表象(representation)だ。ちょうど(presentation)といえるほどには国民とは合っていないのが政治家だ。表象(ひょうしょう)なのが政治家なのだから、国民とのあいだにずれを持つ。かなりのずれをもつのが高市首相である。そのほかの政治家もそうである。

 アメリカだったらドナルド・トランプ大統領も、ちょうどの正しさからかなりずれている。ロシアであればウラジーミル・プーチン大統領もちょうどの正しさからのずれが大きい。

 逆から見てみる。ちょうどの正しさからのずれが大きいと、悪い政治家になる。悪い政治家(demagogue)のほうが人気が高くて受けがよくなる。かつてのナチス・ドイツではアドルフ・ヒトラーはちょうどの正しさからのずれが大きかったけど、人々から受けがよくて国の政治で権力をもつのにいたった。

 まさにちょうどと言えるほどの正しいこと(justice)がじっさいにあるのだとはできづらい。何が正しいのかは人それぞれでちがってくるけど、仮にそれがあるのだとしてみたい。

 仮に正しいことがあるとして、そこからのずれを見て行く。具体論でいうと、日本の憲法からのずれを見て行くことになる。憲法は普遍(ふへん)の価値によっているから、それをもとにすることがなり立つ。つねに当てはまる性質をもつ。

 いま与党なのが自由民主党だ。いまの自民党はちょうどの正しさからそうとうにずれている。かつての自民党のほうがいまよりはまだ少しはましだった。少しは良かった。かつてはいまほどには右傾化が進んでいなかったから、ずれが小さかった。

 どんどん右傾化していって今にいたるのが自民党である。ちょうどの正しさからそうとうにずれてしまっている。いくら与党だとはいっても、日本の全体をくまなく代表しているのではなくて、部分を代表しているのにすぎないのが自民党である。政党(political party)はいち部分(part)の人たちの代表にとどまる。

 政治の制度では、選挙のしくみが正しさから離れている。選挙で高市早苗(たかいちさなえ)首相が大きく勝ったのだとはいっても、ちょうどの正しさによることで勝ったのだとはできそうにない。大きな勝ちの正当性がうたがわれる。正当性を問いかけてみるとそうできる。

 いろいろな人たちのさまざまな声を十分にすくい取るようになっていない。いまの日本の政治の制度だと、選挙で色々な人たちの声をすくい上げづらいから、改善することがいる。ちがう選挙の制度にするのは一つの考え方だ。

 二つの大きな政党が、互いに競い合う。二大の政党制がなり立っているのならよいけど、それが日本ではなり立っていない。一大の政党制になっている。一大になっているのは、自民党が負けることをかたくなにこばんでいるせいだろう。勝たないと自民党の存在理由がないといったことになっている。科学のゆとりが大きく欠けている。

 自分たちの政党を中心にする発想(egoism)におちいる。自民党が自分たちの政党を中心にする発想になると、一大の政党制になって、二大の政党制がなり立ちづらい。二大になっていないと、民主主義ではなくて専制や独裁にちかい。制度の正義が失われている。

 制度の正義をなす。ちょうど正しいとできるようにするには、少なくとも二大の政党制になることがいる。二大を目ざすようにする。一大よりも少しはましになるのが二大の政党制だけど、それすらできていなくて、一大でよいといったことになっている。悪いあり方が固定化している。

 暗黒の面(dark side)が強くおきる。政党の内で結束すると、自民党さえ勝てばあとはどうでもよいのだとなる。暗黒の面がつよいのが自民党だけど、ほかの政党でもそれがおきている。

 政党のなかで暗黒の面がややよわいのは野党の日本共産党と社会民主党くらいだ。共産党と社民党は、野党の共闘にすこし前向きなところをもつ。野党はお互いに政党どうしで共闘し合おうとするのでないと橋わたし(bridging)ができない。

 政党の内で結束しているだけだと、野党どうしで共闘ができないから、社会の板ばさみ(dilemma)がそのままになる。野党の利己が強いと橋わたしができないから自民党だけが強い一大の政党制がつづく。

 政治の政策では経済や財政は重いものだ。経済や財政が、ちょうどの正しさではなくなっている。経済では、お金をもうけられさえすればよいといったところがあり、目の前のお金に目がくらんでいる。短期の利益を追い求めすぎだ。

 短期のものであっても利益が得られればよいとすることもできるけど、それだと長期の利益を失いかねない。憲法を守るようにすることで得られるものなのが長期の利益である。まっとうな法の決まりを守るのでないと長期の利益を得られない。

 悪いありようになっているのが日本の財政だけど、これは短期の利益に走ってきたからなのがある。長期の利益によるのだったら、そのときの税収だけでやって行くことがいる。そのときの税収をこえて国がお金を使ってしまうと、あとで困ることになる。未来の(わかい)世代の国民が、重い負担にくるしむ。

 お金の配り方は、政治の要素のうちの一つだ。お金の配り方がよくない。国家主義(nationalism)のお金の配り方になっているから、平和が損なわれる。戦争がうながされてしまう。

 お金といってもじっさいのお金だけではなくて、広く社会の価値をふくむ。社会の価値をふくんだ広い意味でのお金の配り方がよくないから、改めるようにしたい。お金を多く配りすぎていたり、悪いものにたくさんお金を配っていたりする。

 殺害の生産力をになうのが軍事の産業だ。政治と軍事の結びつきがあって、複合体をなす。軍産の複合体だ。人を殺すための物を作るとお金がたくさんもうかるようになって行く。武器を作るのはよくないことだけど、そうしたよくない産業が多くのお金を得られる。よくないあり方になって行こうとしているのが日本である。日本だけではなくてほかの国でもそうなっているのがある。

 いまは労働の付加価値が低くなっている。知識の付加価値が高まっていて、知識によるのでないと付加価値を生まなくなっているけど、むりやりに労働によって付加価値を生もうとすると、武器をつくる産業に力を入れることになる。よくない産業が力をもつことになる。

 絶望の死(deaths of despair)がおきている。アメリカでは絶望の死が言われているのがあるけど、精神分析学でいわれるところの死の欲動(thanatos)にあたるものだろう。ちょうどの正しさによっているのであれば生の欲動(eros)によれる。オーストリアの精神分析家のジグムント・フロイト氏によるものだ。

 だんだん生の欲動から死の欲動へとうつって行く。生の欲動によっていれば人は生きて行きやすい。死の欲動によっていると生きて行きづらい。いまのアメリカでは絶望の死がおきているとされていて、死の欲動による集団のあり方になっているのがおしはかれる。

 集団が死の欲動によっているのだとしても、その中で生きて行くしかないのが人だ。いきなりは集団を生の欲動へと改めることはできづらいけど、その中で重みを持ってくるのが憲法だろう。近代の憲法主義(constitutionalism)による憲法を守るようにすれば、死の欲動をさけて、生の欲動にすることがなり立つ。

 構造の改革をして行く。やり直して行く。一からのやり直し(redo)がいるのが日本の政治だろう。やり直しの機会を増やすようにする。機会が少なすぎるのがあるから、それを増やして行く。たえざる民主化をなす。永続や永久の改善である。永続や永久に、構造の改革をしつづける。改良主義である。

 何をやるべきかがある。政治で何ができるのかといったら、それほどできることはない。制約の条件がつく。過程(process)を重んじてみると、よい社会の政策は必ずしも思うように前に進んで行かない。何がよい政策なのかは人それぞれでちがう。善の構想は一つだけではなくてさまざまだ。善の構想はいっぱいある。

 大きな構造の改革はできづらいから、憲法のような大きなことがらに手をつけるのではなくて、小さなことからこつこつとやるのが安全な側だ。

 憲法のような大きなことを改革するのだと、急進主義である。ものをこわすようなだいたんな冒険主義になりかねない。だいたんにやるのではなくて、小さなことからこつこつとやるほうが望ましい。再現性を確かめながら、こつこつとやって行く。他者による再現性や、論理の再現性を、ていねいに確かめながらやる。科学のあり方だ。

 過激論(radicalism)だときょくたんすぎる。中正さに欠ける。中正によるようにするのであれば、小さなことからこつこつとやるような部分の社会の工学(piecemeal social engineering)がじっさいのものとして適している。

 色々とやらないとならない構造の改革が日本の政治にはいっぱいあるから、それらを先にやって行く。体系(system)としてとらえると、政治で改革しないとならないものはいくつもあるから、憲法はあと回しになる。あとに回しても何も問題がないのが憲法だ。

 過激論におちいると憲法を何が何でも変えないとならないとなるけど、それだとよくない。体系として見ていって、ちょうどの正しさからずれているものをいっぱいとらえる。もれなくだぶりなくとらえて行く。

 いまの世界の動きの中では、日本の憲法は世界の中でももっともちょうどの正しさのどまん中といってよいほどのものなのだから、それを守るようにする。いまの世界に輸出することができるほどの値うちをもつのが日本の憲法だ。日本人を含めて、世界のすべての人たちの平和の生存権を確かなものにする。

 経済はいまの日本は右肩下がりのところがあるけど、そのいっぽうで憲法は高度の成長のものである。日本は高度の成長にすぐれているのがあるけど、憲法はすごい高度の成長のものである。

 憲法の中身はすごいけど、いまの日本のありようは成長していない。いまの日本のありようは成長していなくて、かつてよりも悪くなっている。憲法を守るようにすれば、日本のありようを成長させられる。自民党は憲法を守ろうとしていないので、成長の見こみがまるでない。ちょっと言いすぎではあるけど、成長の見こみなしと見切ってしまえる政党である。

 参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹 『JAPAN UNMASKED : The Character & Culture of the Japanese』Boyé Lafayette De Mente 『超訳 日本国憲法』池上彰(いけがみあきら) 『一三歳からの法学部入門』荘司雅彦 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『絶対に知っておくべき日本と日本人の一〇大問題』星浩(ほしひろし) 『原理主義と民主主義』根岸毅(たけし) 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『哲学の味わい方』竹田青嗣(せいじ) 西研(にしけん) 『社会認識の歩み』内田義彦(よしひこ) 『希望の国の少数異見 同調圧力に抗する方法論』森達也、今野哲男(企画協力、討議) 『「戦争と知識人」を読む 戦後日本思想の原点』加藤周一 凡人会 『日本の難点』宮台真司(みやだいしんじ) 『政治家を疑え』高瀬淳一 『現代思想を読む事典』今村仁司(ひとし)編 『現代思想キイ・ワード辞典』鷲田小彌太(わしだこやた)編 『平和を創る発想術 紛争から和解へ(岩波ブックレット)』ヨハン・ガルトゥング 京都 YWCA ほーぽのぽの会訳 『世の中がわかる「○○主義」の基礎知識』吉岡友治(ゆうじ) 『サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か』小林正弥(まさや) 『右傾化する日本政治』中野晃一(こういち) 『ナショナリズム 思考のフロンティア』姜尚中(かんさんじゅん) 『小学校社会科の教科書で、政治の基礎知識をいっきに身につける』佐藤優(まさる) 井戸まさえ 『ヒトラーの正体』舛添要一(ますぞえよういち) 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『うたがいの神様』千原ジュニア 『法哲学入門』長尾龍一 『東大人気教授が教える 思考体力を鍛える』西成活裕(にしなりかつひろ) 『科学的とはどういう意味か』森博嗣(ひろし) 『思考の「型」を身につけよう 人生の最適解を導くヒント』飯田泰之(いいだやすゆき) 『十八歳からの格差論 日本に本当に必要なもの』井手英策(えいさく) 『人はなぜ戦うのか 考古学からみた戦争』松木(まつぎ)武彦 『精神分析 思考のフロンティア』十川幸司(とがわこうじ) 『細野真宏の数学嫌いでも「数学的思考力」が飛躍的に身に付く本!』細野真宏 『思考のレッスン』丸谷才一(まるやさいいち) 『構築主義とは何か』上野千鶴子(ちづこ)編 『どうする! 依存大国ニッポン 三五歳くらいまでの政治リテラシー養成講座』森川友義(とものり) 『徹底図解 社会心理学 歴史に残る心理学実験から現代の学際的研究まで』山岸俊男監修 『ブリッジマンの技術』鎌田浩毅(ひろき) 『環境 思考のフロンティア』諸富徹(もろとみとおる) 『本当にわかる論理学』三浦俊彦