よくないものを、政治で推(お)してしまうことはないのか。
ばあい分けをしてみたい。四つのものに分けることがなり立つ。十の字による分類づけだ。
大人と子どもがいる。よいのと悪いのがある。
一つ目は、大人で、よい。二つ目は、大人で、悪い。三つ目は、子どもで、よい。四つ目は、子どもで、悪い。
ばあい分けをしてみると四つの場合に分けられるけど、このうちで高市首相はどれにあたるのだろう。色々な見かたができるけど、その中で、悪い大人に当たるのだとしてみたい。よくない(ところを持つ)大人の政治家だ。
与党である自由民主党の高市早苗首相は、なぜよくない大人の政治家にあたるのか。そのわけとしては、思想傾向(ideology)がよくない。国家主義(nationalism)だ。反国家主義としてはそうできる。さらに、政治において高市首相は大きな力をもっている。一強となっている中での権力者だ。もしも高市首相が力をもたなければ、大人ではなくて子どもに当たる。
力をもっていないのが子どもだ。大人のように力をもっていない。子どもは、理性の自由をもっていないのがある。害がなく、義務を負っていない。善と悪の彼岸(ひがん)にある。罪がない。
大人だったらみんなが良い人かといえば、そうとはできそうにない。悪い人とはいったいどういう人かといえば、イギリスの哲学者であるトマス・ホッブズ氏はこのように言う。強壮(strong)になった子どもをさす。子どものような大人だ。
はっきりと定義づけしづらいのが悪だろう。善と悪のあいだにしっかりと分類の線を引きづらい。分類の線がゆらぐ。善か悪かは、その人がもつ文化の装置(software)によって決まるところがある。ちがう文化の装置だったら、ちがう善や悪がなり立つ。文化装置論による。政治ではさまざまな善の構想(conceptions of the good life)がある。
いくつもの文化の装置があるから、それらへ侵入(hacking)がなり立つ。よいと思っていても悪いことがあるし、悪いと思っていてもよいことがある。相対論である。あいだに引かれる線がゆらぐのはあるけど、その中で、トマス・ホッブズ氏がいうところの悪い人をよしとしてみたい。
子どもは政治家にはなれないから、政治家といえば大人である。悪い政治家はどういうものなのかといえば、強壮になった子どもの政治家だ。子どものような大人の政治家である。
政治家だけではなくて、いっぱんの国民もまたよい人ばかりではない。国民の中にも悪い大人はいる。
範ちゅう(集合)と価値の二つにふ分けしてみる。範ちゅうとしては大人なのがある。範ちゅうとしては大人の政治家だったり大人の国民だったりするのがあるのだとしても、価値としては悪いことがある。価値として悪いのは、強壮になった子どもや、子どものような大人である。
範ちゅうが子どもなのであれば、そこまで悪い価値であることはない。あんまり害をもたないから、きびしく監視(check)していなくてもだいじょうぶである。
悪い大人が、悪い大人をよしとすると、社会に大きな悪い影響がおきてしまう。政治においては、悪い政治家が力をもつことになってしまう。
そもそも子どもの範ちゅうであれば害がほとんどないからとくに注意はいらないが、大人の範ちゅうであれば注意することがいる。大人の範ちゅうだと、価値はさまざまだから、悪い価値の大人どうしが組むことになると、悪いものが力をもつことになる。
よい大人が、よい大人の政治家をよしとするのだったらのぞましい。日本の政治で、よい大人が、よい大人の政治家をよしとしているのかといえば、そうとはできそうにない。
いまの日本の政治は、どれだけ国民がかしこくなれるのかが問われている。国民がおろかだと、悪い政治家が選ばれてしまう。悪い政治家が力をもつことになる。
ばあい分けをすると四つのものに分けられるけど、そのうちで、よい大人をよしとするか、それとも悪い大人をよしとするかがある。子どもだったら、よい子どもであっても悪い子どもであっても、どちらでもよいところがある。たとえ悪い子どもであったとしても、害はほとんどないからである。
いまの日本を見わたしてみると、悪い大人がちらほらいる。町なかでは、あんまり悪い大人は多くは目につかないけど、よくよく見てみると、悪い動きがおきている。退廃(decadence)のところを探してみると、差別や冷笑(cynicism)や排外の動きが強まっている。排除がおきている。悪い大人が増えているしるしである。
政治では右傾化がつよまっているのが日本である。反自由の政治と化す。排除がたかまる。悪い政治家が増えていっているしるしだ。相互の作用がはたらく。悪い大人が増えていることによって、悪い政治家が選ばれやすくなっている。悪い政治家が力をもちやすい。
悪い大人とはいっても、その悪さとは、ホッブズ氏がいうように、強壮になった子どもであるのをさす。子どものような大人であることだ。そういった大人が日本では増えているのがありそうだ。日本だけではなくて、世界中で増えているだろう。よいのと悪いのとのあいだで分断がおきている。
よい大人ばかりだったら、よい大人の政治家を選ぶことがなり立つ。よい政治家が力をもちやすい。いまの日本はそうなっているのかといえば、そうなっているとはできそうにない。それとは反対になっているのが見うけられる。
相互の作用がはたらいていることから、悪い大人によってよしとされて、それで力をもっているのが、よくない政治家としての高市首相だとできる。高市首相についてをかなりきびしく見たさいのものだ。もっと甘く見なすこともできるけど、ここではすごくきびしく見なすようにしてみたい。権力を監視するためである。
すべての大人が悪いのではなくて、大人の範ちゅうの中には、よい大人もいる。よい価値もある。中にはよい大人もいるのだから、そのよい大人が、よい大人の政治家を選べばよいのはあるけど、数が少なすぎる。数が少なすぎるから、悪い大人にたち打ちできない。悪い大人の政治家が力をもつのを、防ぐことができづらい。臨界の質量(critical mass)にまで行くにはあるていど以上の数の多さがいる。
子どもであるのならともかく、大人の範ちゅうであるさいに、ばあい分けで二つのものがありえるから、そこが重みをもつ。よい大人をよしとするのと、悪い大人をよしとするのがあり、それで大きくちがってきてしまう。政治がよくなるか悪くなるのかの大きな差がおきる。
よいのではなくて、その逆に、悪い大人の政治家であるからこそ、多くの人からよしとされることになる。悪い大人の政治家であると、かえって人気が高まる。強壮になった子どもや、子どものような大人の政治家は、人々からの受けがすごくよいのである。
悪いのではなくて、よい大人の政治家は、かえって受けがよくない。よい大人の政治家は、強壮になった子どもではないし、子どものような大人ではないけど、それだと人気があんまり出ない。多くの人からよしとされないことになり、政治家になりづらい。選ばれづらいのである。
相互の作用がはたらくさいに、日本の大人たちが、みんなよい大人たちばかりだったら、よい方へむかう。政治がよい方へと向かい、よい大人たちがよい大人の政治家を選ぶことになる。そうしたことで高市首相がみんなから選ばれたのかといえば、そうではなくて、その逆なのだと見なしてみたい。
色々なほかの見なし方ができるけど、その中で、悪い大人たちによって選ばれたのが、よくない政治家としての高市首相なのだとすることが、すごくきびしく見ればなり立つだろう。もっと甘く見なすことができるけど、権力を批判するためにきびしくしてみる。
高市首相がよくない政治家であるのだとしても、そこには相互の作用がはたらいているのがある。相互の作用によっているのがあるから、悪い政治家をよしとするところのものである、悪い大人たちを批判することが欠かせない。相互の作用でなり立つことになるのが、悪い政治家が力をもつことだ。
人のよし悪しをたんじゅんに分類づけすることそのものが、おろかなことではある。愚かなところはいなめないけど、ばあい分けで四つのものに分けられるさいに、悪い大人が悪い大人の政治家をよしとするのに気をつけたい。
日本の政治が、どんどん悪いほうへと行ってしまう。悪い政治家が選ばれやすくなり、(悪い政治家が)力をもちやすくなる。いまの日本はそうなっているように見えるのがあるから、そこを批判してみたい。
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