なんのために、消費税の減税がなされるのだろうか。
それそのものが目的なのだったら、消費税の減税をすることそのものが目的だ。
なにかの目的があって、そのために消費税の減税をなす。そうであるのなら、消費税の減税は目的なのとはちがう。
まずしい人たちを救う。生活に苦しんでいる人たちを助ける。日本の国の経済を、全体として良くして行く。失われた三〇年を、とり戻して行く。こういったことが、目的としてあげられている。政治家だったら、減税をいえば、票とお金になる。票とお金のために減税を言う。
なにを重んじて行くのかでは、もしも、消費税の減税が目的なのだったら、それを重んじるのでよい。目的にあたることだったら重んじるのでもよいけど、そうではないのだったら必ずしも重んじなくてよい。
なんで目的ではないことは必ずしも重んじなくてもよいのかといえば、優先させることとして、目的を重んじるようにしたほうがよいからである。目的を優先させて行く。
色々な目的がいわれているけど、それらの目的を、一つひとつ重んじて行く。まずしい人たちを救うのだったら、それを目的にすえて、それを優先させて行く。そのさい、消費税の減税は目的ではないのだから、それを優先させるとおかしな話になってしまう。
いくつもの目的がいっぺんに達せられるのが消費税の減税だとされているけど、それだと総合のあり方だ。総合のあり方だと、もしもうまく行けば色々な目的をいっしょに達することができるけど、へたをするとどの目的も達せられないで終わってしまう。あれもこれもと色々な目的を総合でなそうとするのは、必ずしも合理のやり方とはちがう。
何も目的を達することができないよりかは、一つだけでも目的を達せられたほうがよい。色々な目的を総合でなそうとして、けっきょくのところ何もなせないのであるよりかは、せめて何か一つでも目的を確かになせたほうが、少しでも日本のあり方を改めて行ける。
かんたんなことがいくつも集まっているのではなくて、改めて見ると、難しいことがいくつもある。消費税の減税にのぞまれている色々な目的は、その一つひとつが、難しいことがらだ。目的の群れになっているのを一つひとつ見て行くと、簡単に片づけることができないことばかりだから、それらが総合されると、難しさのかたまりのようになる。難しさが足し合わされて、かけ合わされることになる。
すごい難しいことなのだったら、総合でやるのではなくて、分割してしまったほうが楽だ。いろいろな目的が消費税の減税の中にはのぞまれているから、かんたん化されていない。総合になっているのを分割してしまったほうがかんたん化することがなり立つ。
生活に苦しんでいる人を救うのは一つの目的だけど、それそのものが総合のところをもつ。生活に苦しんでいない人たちは、恵まれた階層(class)だ。生活に苦しんでいる人たちは恵まれない階層である。
日本の国の中には恵まれた階層の人たちもいれば恵まれない階層の人たちもいる。階層化している中で、線を引く。階層のあいだに線を引いて、そのうえで恵まれない階層を救う。負の階層をすくうのにしても、そのままだと総合だから、けっこう難しいことだ。
負の階層をすくうさいに、そこに含まれている人たちを丸ごと救うのは、総合によるものであり、難しさをもつ。それをかんたん化してみると、階層の中のたった一人をすくう。たった一人しか救われないのにしても、確かに一人をすくうのであれば、ほんのちょっとだけ日本のあり方が改まる。
階層の中に色々な人たちがいて、その中のたった一人だけをすくうのにしても、けっこう難しいことだ。一人だけをすくうのでも難しいことがあるけど、それが何人もたくさん集まって、階層ができ上がる。階層を丸ごと救うのは、みんなをいっぺんに救わないとならないから、いがいと難しいことだろう。
どういうことが目的として含まれているのかで、消費税の減税を分析してみると、いろいろな目的を含む。それらの一つひとつの目的を分けてみて、それぞれを見てみると、それぞれがそれぞれの難しさをもつ。
いきなり総合してしまうのではなくて、いまいちど消費税の減税を分析してみると、その中に含まれている色々な目的を、分けてしまったほうが楽だろう。目的を分けてしまって、一つひとつの目的を別々に優先させて行く。
いったん別々の目的に分けて、それらがぜんぶ達せられれば、それらを総合すると、消費税の減税と同じことになる。いっぺんにやるのではなくて、はじめに微分化して行く。微分化して、目的ごとにやっていって、それを積分化して行く。あとで積分化すれば、だいたい消費税の減税をやるのと同じことがのぞめる。
どうしていったん分けて微分化したほうが良いのかといえば、それぞれの目的について、もれなくだぶりなくの MECE をやるのがよいからである。MECE(相互性 mutually、重複しない exclusive、全体性 collectively、漏れなし exhaustive)でやっていって、いろいろな手段をさぐってゆく。いろいろな手段があるうちで、最もふさわしいものを選んで行く。
生活に苦しんでいる負の階層をすくうのだったら、それにふさわしい手段を探って行く。なぜ、負の階層がすくわれないのかを見ていって、なぜなのか(why so?)の問いかけを何回もくり返す。なぜなぜ分析である。民間の自動車会社であるトヨタ自動車でなされているものである。
みんな同じことによるのではなくて、それぞれがちがうことで苦しんでいる。人生いろいろ、悩みいろいろだ。それぞれがちがうことで苦しんでいるのであっても、そこを深くまで見て行くと、日本の社会がかかえる価値観のまずさに行き当たる。
日本の社会の価値観によって苦しむ人たちがおきているのだから、日本の社会の価値観を変えることがいる。価値観を、改めて行く。自己責任論などの価値観を変えられれば、苦しむ人が少なくなる。男性と女性のあいだの平等だったら、父権主義(paternalism)の価値観を変えなければならない。
もしも消費税の減税をやって、色々な目的がいっぺんに片づくのだったら、良いことではあるだろう。本当に色々な目的がいっきょに片づくのだったらよいけど、あれもこれもをまとめてやろうとして、それらの全部が失敗に終わることもある。全部を成功させられるとはかぎらない。かんじんの消費税の減税も、成功させられる確かな保証があるものではないのがある。
ゆとりを持つようにしてみれば、分析をすることがなり立つ。分析をしていって、大きいものを小さくして行く。消費税の減税は、けっこう大きいものだから、それを小さくしていって、その小さくしていった一つひとつを、さらにまた小さくして行くのもありだ。せこいやり方ではあるが、どんどん小さくしていったほうが、とり組みやすくなる。
もともとがあんまり大きすぎるものだと、総合のあり方だから、そのままそれをやろうとするのではなくて、いったん分析をやったほうがやりやすくなる。いったん分析して、小さいものにしていって、それらの小さいものをぜんぶ達せられれば、はじめの大きなものと同じことになる。
小さいものに分けて、それらの小さいことを一つひとつきちんとなしていったほうが、けっきょくはいちばん速い。遠まわりなようでいて速いやり方だろう。大きいことを、大きいままでやろうとするのは、近道のようでいて、おそいことがある。
参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『ブリッジマンの技術』鎌田浩毅(ひろき) 『微分・積分を知らずに経営を語るな』内山力(つとむ) 『思考の「型」を身につけよう 人生の最適解を導くヒント』飯田泰之(いいだやすゆき) 『東大人気教授が教える 思考体力を鍛える』西成活裕(にしなりかつひろ) 『大学受験に強くなる教養講座』横山雅彦 『事例でみる 生活困窮者』一般社団法人社会的包摂サポートセンター編 『本当にわかる論理学』三浦俊彦 『法律より怖い「会社の掟」 不祥事が続く五つの理由』稲垣重雄 『現代思想を読む事典』今村仁司編 『社会階層 豊かさの中の不平等』原純輔(じゅんすけ) 盛山(せいやま)和夫 『トヨタ式「スピード問題解決」』若松義人 『目のつけどころ(が悪ければ、論理力も地頭力も、何の役にも立ちません。)』山田真哉(しんや) 『悩める日本人 「人生案内」に見る現代社会の姿』山田昌弘 『構築主義とは何か』上野千鶴子(ちづこ)編 『境界線の政治学』杉田敦(あつし) 『政治家を疑え』高瀬淳一 『増補 靖国史観 日本思想を読みなおす』小島毅(つよし) 『「責任」はだれにあるのか』小浜逸郎(こはまいつお) 『哲学の味わい方』竹田青嗣(せいじ) 西研(にしけん) 『脱構築 思考のフロンティア』守中高明 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹