兵庫県知事への批判の高まり:兵庫県政の緊張(tension)の高まり

 民意は重い。

 選挙は、重い。

 兵庫県の知事にまつわることで、民意や選挙の重みがいわれている。

 知事は選挙で選ばれたのだから、そこを重んじることがいるのだとテレビ番組の出演者はいう。たとえ知事が悪いことをやったのだとしても、選挙で選ばれていれば許されるのだろうか。許容されるのだろうか。

 たしかに、民意や選挙をいちじるしく軽んじるのは良いことではないだろう。民意や選挙をあるていど重んじることはいる。

 うわべでは民主主義によっているのだとしても、じっさいには独裁のことがある。かつて(前近代)とはちがって、いまの独裁は、明らさまに独裁の形をとらないで、民主主義をよそおう。

 選挙によって選ばれるのが政治家であり、兵庫県の知事はそれによっている。代表制の民主主義は、見なしによるものであり、たとえ知事なのだとはいっても、じっさいにはたんなる人だ。たんなる人を知事であるのだと見なしているのである。

 政治家は、県民そのものとはちがう。県民そのもの(presentation)ではなくてその表象(representation)なのが知事である。表象なのが知事だから、県民にうそをつく。必ずしも県民に本当のことを言わないことがある。

 なんで兵庫県の政治で悪いことがおきてしまったのかといえば、兵庫県の知事がうそをつく。知事がうそをついたことによって、県のなかで犠牲者がいく人も出てしまった。自殺した人がいく人も出ているのである。

 政治で、上の地位の政治家がうそをつくと、損や害が大きくおきてしまう。兵庫県では、上の地位の政治家がうそをついたから、下の人たちに損や害がおきたのだとおしはかれる。下の人たちで、自殺者がいく人も出ているのである。

 表象なのが政治家だから、うそをつきやすい。しばしばうそをつくのがあるけど、もしも兵庫県の知事がいっさいうそをつかないようにしていれば、兵庫県の政治で悪いことがおきなかった。下の地位の人たちに損や害がおきなかった見こみが高い。犠牲者を出さずにすんだ。

 黒いものを白と言う。白いものを黒と言う。不正は、正義である。正義は、不正である。政治においてうそがまかり通ってしまうと、下の人たちに損や害がおきてしまう。兵庫県では知事のうそによって政治で悪いことがおきたのがありそうだ。

 はっきりと、兵庫県の知事が不正をなしたとは断言できないのはある。じっさいに自分の目でじかに確かめたわけではないから、兵庫県の知事が不正をなしたのだとは完ぺきには実証することはできないけど、まったく不正をなしていなくてまっ白だとは断言することはできそうにない。おそらく、まっ白なことはないだろう。

 なんで兵庫県の知事はまっ白だとはできないのかといえば、一つには政治家は表象である点だ。心の中の像(image)を外に表現したものなのが表象だ。代表制の民主主義では、たんなる人のことを政治家なのだと見なしているだけだから、県民そのもの(presentation)とはずれを持つ。

 すでにあるものなのが、既成の事実だ。選挙で選ばれるのは、既成の事実であり、そこを重んじすぎると、既成の事実が重みをもちすぎてしまう。自然化だ。脱自然化することがいる。脱構築(deconstruction)して行く。一からつくり直す。

 政治家を選ぶさいに、みんなが本当によい人を選べているかどうかは不たしかだ。すごい悪い人をみんなが選んでしまっていることもある。むしろ、悪い人ほどみんなから選ばれやすいことすらある。よい人ほどみんなから選ばれづらい。

 選挙で、(よい人ではなくて)悪い人ほど選ばれるのは、けっこうなり立つ。たとえ選挙で選ばれたのが兵庫県の知事なのだとしても、そうだから(so what?)といって、選ばれた人が悪い人ではないとは言い切れない。

 赤信号、みんなでわたれば、こわくない、と言われる。たとえみんなでやっていることだとしても、赤信号をわたるのは良くないことだ。みんなにもとづくのは一般の意見の使用であり、正しいことなのかどうかはまた別である。

 みんながやっているのだから、あなたもやりなさい(従いなさい)とするのは、一般の意見の使用であり、まちがっていることがある。論理からすると、みんながどうなのかは事実であって、価値はそこからは出てはこない。事実と価値をふ分けすることがなり立つ。みんなが集団でくるっていたら、みんなが狂気におちいっている。集団がまちがう。みんなとはちがって、ある個人が正気だったら、その個人が正しくなる。

 選ばれたのだからその人がよい人だとは断言できないから、悪い政治家は日本にけっこういる。ごろごろいる。うようよしている。そのさいの悪い政治家とは、あくまでも客観ではなくて主観のものではあるのはたしかだ。

 どんなことでも、よいものは全体の一割くらいなものではある。ちょっときびしすぎる見かたではあるけど、体制(establishment)になってしまうと、あんまり良くないものになる。兵庫県だったら、知事は体制(既成の勢力)だ。

 できるだけ上の地位の政治家にはきびしい監視(check)がいる。知事は、上の地位の政治家であり、権力者なのだから、まっ白であるとすることはできづらい。黒いところがあるのだとされることになるのが権力者だ。まっ白ではなくて黒いところがある中で、しっかりとした説明の責任(accountability)をはたさないとならないのである。

 まっ白はなりたたず、少なからず黒いのが兵庫県の知事である。黒さのていどのちがいにすぎない。よほどしっかりとした、十分でていねいな説明の責任をはたさないかぎりは、黒いところが増す。黒さのていどが高まって行く。

 どういう人だったらまっ白なのがなり立つのかといえば、下の地位の人だ。下の地位の人だったらまっ白であると見なすことがなり立つ。よほどたしかな証拠がないかぎりは、白だと見なすのがふさわしい。そうしないとえん罪がおきてしまう。

 たとえまっ黒だったとしても、自分からまっ黒だとは言わない。兵庫県の知事がまっ黒なのだとしても、自分からはまっ黒なのだとはぶちまけないのだと指摘されているのがあり、そのさいには、知事がもつ意図(intention)が、そのまま発言(message)としては言われない。意図とはちがうことが言われることになる。

 意図とはちがうことを言うことが多いのが、表象である政治家だ。たとえ重みをもつのが民意であったり選挙であったりするのだとしても、知事が言っていることをそのまま丸ごとうのみにはしづらい。なんで知事が言っていることをそのまま丸ごとうのみにはできないのかといえば、知事は表象だからである。県民そのものとはちがう。

 たとえ選挙がなされていても、民主主義の十分な条件だとはできそうにない。いまの独裁は、うわべでは民主主義をよそおう。いちおう選挙がなされていたのだとしても、選挙がすべてだとか、多数派の民意がすべてだといったことだと、やり直し(redo)がきかない。やり直しの機会がとぼしいと、民主主義ではなくなってしまう。

 なんで兵庫県で、下の地位の人たちに犠牲者が出て、自殺してしまった人がいく人もいるのかといえば、やり直しができなくなっているからだろう。さいていでも、命がよしとされて、生きていてよいとなっていないと、やり直しができない。死んでしまっては、やり直しができないのである。生きていてこそ、やり直しがなり立つ。

 どういうふうな統治(governance)のあり方に、兵庫県がなっているのかを、問いかけて行く。統治のあり方を問いかけてみると、やり直しの機会がどんどん減らされている。やり直しができなくなっていて、人権がしんがいされている。

 兵庫県の統治のあり方を改めて行く。統治のあり方を良くして行くには、たんに選挙がなされているだけでは十分ではない。多数派の民意によるだけでは、統治のあり方をよくして行けないから、悪いあり方がそのままになってしまう。

 統治をよくして行くには、やり直しの機会をどんどん増やして行く。やり直しができるようにしていって、人権をしっかりと重んじて行く。生きていてよいとなっていないと、やり直しができないから、どんな人でも生きて行けるようにして行きたい。たとえば、ユダヤ人であるのなら死ぬべきだとか、生きているべきではないとなると、差別であり、やり直しができないあり方である。

 ユダヤ人が贖罪(しょくざい)のやぎになったように、兵庫県でも弱い立ち場の人が標的(target)にされて、犠牲者が出ている。自殺した人がいく人も出ている。やり直しの機会がとぼしいのを示す。悪玉化(scapegoat)される人が出るのを防ぐには、やり直しの機会を増やして行くことがいる。たとえば、兵庫県の知事が不正をなしたのだとして、辞職することは、やり直しの機会を増やすことにつながる。

 参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『社会的ジレンマ 「環境破壊」から「いじめ」まで』山岸俊男 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫現代思想を読む事典』今村仁司編 『本当にわかる論理学』三浦俊彦原理主義と民主主義』根岸毅(たけし) 『ヒトラーの正体』舛添要一(ますぞえよういち) 『スターリンの正体 ヒトラーより残虐な男』舛添要一 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『政治家を疑え』高瀬淳一 『東大人気教授が教える 思考体力を鍛える』西成活裕(にしなりかつひろ) 『日本語の二十一世紀のために』丸谷才一 山崎正和 『うその倫理学』亀山純生(すみお) 『「説明責任」とは何か メディア戦略の視点から考える』井之上喬(たかし) 『こうして組織は腐敗する 日本一やさしいガバナンス入門書』中島隆信 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹 『民主主義という不思議な仕組み』佐々木毅(たけし) 『うたがいの神様』千原ジュニア 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『増補版 大人のための国語ゼミ』野矢(のや)茂樹 『構築主義とは何か』上野千鶴子(ちづこ)編 『法哲学入門』長尾龍一罪と罰を考える』渥美東洋(あつみとうよう) 『日本の刑罰は重いか軽いか』王雲海(おううんかい) 『差別原論 〈わたし〉のなかの権力とつきあう』好井裕明(よしいひろあき) 『暴力 思考のフロンティア』上野成利(なりとし) 『現代思想キイ・ワード辞典』鷲田小彌太(わしだこやた)編 『反論が苦手な人の議論トレーニング』吉岡友治(ゆうじ) 『反証主義』小河原(こがわら)誠 『脱構築 思考のフロンティア』守中高明 『十三歳からの論理ノート』小野田博一 『これが「教養」だ』清水真木(まき)