**政党どうしのけんか**:野党のれいわ新選組と共産党の、抑圧と対立

 野党どうしのけんかで、正しいのはどちらなのだろうか。

 野党のれいわ新選組日本共産党が、けんかをし合う。政党に関係する人たちが、けんかをしていて、ぶつかり合う。

 石川県の能登(のと)半島でおきた大地震をめぐることで、うそを言ったとか言わなかったとかとされる。れいわと共産党が、お互いにうそを言ったとか言わなかったとかで争い合う。

 抑圧の移譲(いじょう)がある。日本では、それがあるとされているのがある。抑圧が移譲されているところがあり、れいわが共産党を下に見る。

 上のものから、下のものが、圧を受ける。圧を受けた下のものは、つらい。苦しい。受けた圧を、さらに下のものに押しつけて行く。圧を押しつけられた下のものは、さらに下のものにそれを押しつけて行く。下へ下へと、圧が押しつけられて行くあり方だ。日本の軍隊の中でおきた。政治学者の丸山真男氏による。

 今は勢いがあるのがれいわだ。勢いに衰えがあるのが共産党である。共産党よりもれいわのほうが、勢いの点では上まわっているところがある。勢いでは勝るところがあるれいわが、共産党を下に見ているふしがある。抑圧を移譲しているのである。

 たとえ今は勢いがあるのがれいわなのだとしても、そうだから(so what?)といって、共産党は大したことがないのだろうか。共産党のことを見下してもよいのだろうか。政治で大した力をもっていないのが共産党なのかといえば、そうとはできそうにない。

 たしかに、新しい政党であることもあって、れいわはこれから(今よりもさらに)伸びて行くのがあるかもしれない。れいわに比べると、共産党は伸びしろがこれから先にそれほどにはないかもしれないが、政治で持っている力の点では、それなりのものがあるのが共産党だろう。

 どういうふうに表象するのかがある。心の中の像(image)を外に表現したものなのが表象だ。れいわが、共産党を表象して行く。れいわが共産党を表象するさいに、修辞学で言われるわら人形(straw man)のようにするのだと、共産党のことを見下すことになる。

 あんまり共産党のことを上に持ち上げすぎるのはそれはそれで良くないことだけど、なんでしばしば日本の政治で共産党が排除されるのかがある。日本の政治では、排除の力学があって、排除されがちなのが共産党だ。

 ぜい弱性(vulnerability)をもつ。悪玉化される。悪玉化される度合い(scapegoatability)が高いのが共産党である。共産党を悪玉化するところのものなのが、与党である自由民主党だ。自民党は、反共産主義の思想をもつ。思想の傾向(ideology)である。

 自民党がもっている思想の傾向を批判する力をもつのが共産党である。批判の力が高くて、へたをすると自民党がやっつけられてしまいかねない。共産党は批判の力をもっているから、あんまり政治で力をもたれると困るので、排除されることになるのである。排除の標的(target)にされる。

 自民党からいやがられていて、きらわれている。自民党を困らせる力をもつ。どういうものが力を持ったら自民党が困るのかといえば、共産党が少しでも力をもつと困るのである。おもて立っての形ではないけど、否定の形では、自民党から評価づけされているのが共産党だとすることがなり立つ。

 比べてみると、れいわよりも、共産党のほうがよりすごい。どちらがすごいのかで、れいわよりも共産党のほうがすごいのだとするのは、言いすぎではあるだろう。修辞学の、比較からの議論では、れいわと共産党は、どちらがすごくて、どちらが劣っているのかは、いちがいには定めづらいのがある。

 比較からの議論で、れいわからすれば、今はれいわはすごい勢いがあるから、共産党を見下す。たかをくくる。共産党の表象のしかたで、わら人形のように、弱いものだと表象するのがあるのだとしても、あんがい共産党は手ごわいところをもつ。

 共産党からすれば、れいわはれいわであり、共産党共産党だとすることがなり立つ。れいわと共産党は共通点があるにはあるが、相違(そうい)点をもつ。れいわと共産党が相違しているのであれば、優と劣をいちがいには比べることはできなくなる。れいわと共産党がお互いに相違しているのであれば、れいわのほうが優れていて、共産党のほうが劣っているのだとは決めつけることはできそうにない。

 今はれいわよりも共産党のほうが、勢いが衰えていて、下まわっているところがあるから、共産党の肩をもちたい。少し共産党の肩をもつようにしてみる。いまは、左派の野党で、力が落ちていて負けているのが共産党社会民主党だ。共産党社民党を力づけて行きたい。力づけて行きたいのは、力が落ちていて負けているけど、良い政党だからである。客観にはわからないが、主観としてはそう見なすことがなり立つ。

 これまでに、日本の政治において、排除され慣れていて、圧を受け慣れているのが共産党だ。叩かれてきていて、叩かれ慣れしているところがある。打たれ強さを持つ。打たれ強いとはいっても、ときどき打たれ弱くなるときはある。時として打たれ弱いことはあるけど、知としてはそれなりに打たれ強さをもつ。

 甘えの構造の中でやってきているのが自民党だけど、その外でやってきているのが共産党だ。ほめられ慣れして、持ち上げられすぎてだめになっているのが自民党だ。権力のたいこ持ちや幇間(ほうかん)だらけなのが日本である。権力のどれいが日本には多くいる。上げ底にされているのが自民党だ。

 けなされ慣れしているのが共産党である。たとえ反共産主義とはいっても、全てがすべてまちがっているのではなくて、中には価値をもつ共産党への批判もあるのは確かだ。事例としては、すべての反共が、負の価値を持つのではなくて、中には正の価値をもつものもある。反共では、悪いものがあって、不当に共産党が排除されることが、事例としては少なくないのがある。

 れいわは、共産党に批判を投げかけるのはよいけど、悪い反共だったら、止めるべきである。事例としては、反共の中で、悪いものが少なくないから、それを少しでも減らして行く。良い反共だったら、共産党は、それを受けとめるようにしないとならない。数は多くなくて、事例としては少ないけど、中には反共とはいっても、正の価値を持つものがあるから、そうであるのだとすれば、それについてはふ分けをして行く。

 広い意味あいで反共をとらえてみると、良いものを排除してしまうことになるから、それは止めるようにして行く。広い意味あいでは、反共の中に、反れいわを含めることがなり立つ。反共で、悪い事例のものが少なくないから、それを止めるようにしないと、反れいわになりかねないのである。反れいわもまた起きてしまうことになる。せまいのではなくて、広くとらえれば、反共ならば、反れいわでもある。

 参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『議論入門 負けないための五つの技術』香西秀信現代思想を読む事典』今村仁司編 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『現代思想キイ・ワード辞典』鷲田小彌太(わしだこやた)編 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹 『できる大人はこう考える』高瀬淳一 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『打たれ強くなるための読書術』東郷雄二 『科学的とはどういう意味か』森博嗣(ひろし) 『本当にわかる論理学』三浦俊彦