兵庫県の知事と、広報の会社の社長とのつながりを解き明かす:社会の関係(public relations)の必要性

 兵庫県の知事と、広報の会社の社長とは、深い関わり合いがあったのだろうか。それとも無かったのだろうか。

 深い関わり合いがなかったかのようにしているのが、兵庫県の斎藤元彦知事の側だ。

 いっぱんの点からすれば、兵庫県の斎藤知事とのあいだのことに限らず、深い関わり合いになると必ずしも良くないのがある。浅い関わり合いのほうがぶなんだ。関わり合いが深くなると、負のことに巻きこまれてしまいかねない。何ごとも浅い関わり合いのほうが受ける傷が浅くてすむ。不確実性への備え(contingency plan)だ。

 兵庫県の斎藤知事に、選挙などでの不正がうたがわれている。その中で、沈黙を保ちつづけているのが広報の会社の社長だ。だんまりをしつづけているのである。

 それまでは web で色々なことを発信しまくっていたのが広報の会社の社長だ。すごい発信をしていたのに、それがぴたりと無くなっている。それまでに web で発信していたものを消しまくっている。斎藤知事の政治のぎわくにさしさわりがあることから、自分でこれまでに web で発信したものを消しているのである。そのうえで、ちんもくを守る。

 語らずにだまり続けていることから、斎藤知事の側から一方的に言われほうだいになっている。広報の会社の社長が、一方的に悪く言われている。話を盛ったとか、無料で選挙の活動に参加していたのにすぎないとかとされている。会社の仕事ではなくて、自発に奉仕(volunteer)しただけだ。

 主体が上に立つ。客体を下に置く。行動者なのが主体であり、その相手なのが客体である。斎藤知事が主体として上に立って、客体を負として評価づけている。主体から客体への一方向のものなので、交通の様態(mode)では単交通である。

 主体である斎藤知事から負として評価づけされるところのものなのが、客体である広報の会社の社長だ。客体である広報の会社の社長からすると、一方的に主体から負として評価づけされることになるので、逆むきの単交通である。逆の方向の単交通だ。受け身である。

 主体が上に立って、客体が下に置かれる。主体と客体との関係が固定化されるとよくない。主体と客体との関係は構築されたものなのだから、一から作り直す。脱構築(deconstruction)して行く。

 構築されたものを一から作り直すようにしてみると、両義性(ambiguity)をもち出すことがなり立つ。主体がもつ主観によっている。主体の主観によって、客体を負として評価づけしているから、その評価づけはまちがいなく絶対に客観のものだとは断言できそうにない。客観の価値であるよりは主観の価値による。(客観のものであるよりは)主体がもつ主観によってとらえたところのものなのが、負として評価づけされる客体だ。

 どういう仕事をしているのが広報の会社の社長なのかといえば、とうぜんのことながら広報だ。広報の仕事をやる中で、斎藤知事の選挙の活動に深く関わり合うことになった。斎藤知事が選挙で勝てたのは、おそらくではあるが、広報の会社の社長によるところがかなり大きいものだろう。

 必要な条件だったか、もしくは十分な条件だったか、さらには必要でかつ十分な条件だったのが、斎藤知事のために、広報の会社の社長がなしたことだろう。広報の会社の社長の力を抜きにしては、斎藤知事は選挙で勝てなかったかもしれないのである。必要十分条件とは、それがある時にだけ、それをなすことができることだ。それさえ有れば、それをなすことがなり立つ。

 かんじんなことなのは、広報の会社の社長が、斎藤知事を勝たせることなのだとはできそうにない。斎藤知事を選挙で勝たせるために広報をやって行くことがかんじんなことなのであるよりは、斎藤知事に不正のぎわくがおきてとり沙汰されている中で、その負のことがらについての広報をおもて立ってやって行くことがかんじんなことだ。

 なんで斎藤知事をめぐる不正のぎわくについての広報を、広報の会社の社長がやることがいるのかといえば、それが広報においての核となることに当たるからである。負のことがらについての広報をやって行く。それをやらないのであれば、いったい何のために広報の会社を営んでいるのかに疑問符がつく。

 社会の関係(public relations)をやることがいるのが広報の会社の社長だ。斎藤知事をめぐる不正のぎわくがとり沙汰されているのがあるのだから、その中で、社会の関係をなして行く。広報の力がうんといることがおきているのであり、広報の力の出しどころなのである。広報の力が生きるところだ。

 深いかそれとも浅いかは置いておくのだとしても、斎藤知事との関係があるのが広報の会社の社長なのだから、広報において、社会の関係をなすことがいる。自分がもっている倫理観を示す。持っている倫理観を外に示すようにする。

 必ずしも斎藤知事を良しとしない人も少なくないのだから、そうした人たちとも双方向のやり取りをしっかりとやって行く。自分の考え方にまちがいがあればそれを認めるようにして、適した修正をして行くようにする。自分の考え方をいまいちど検証して行く。

 政治家なのにもかかわらず、政治ができない。そういったように、広報の会社の社長なのにもかかわらず、かんじんな時に広報ができないことになっている。政治家は政治をやらないとならないし、広報の会社の社長は広報をやらないとならないのがある。

 政治家に政治をさせないのはおかしいし、広報の会社の社長に広報をさせないのは良くないことである。良くないことになっているのは、広報をになう会社の社長が悪いのであるよりは(それもあるが)、斎藤知事が権力をみだりに使っていることにある。権力をみだりに使って、広報の会社の社長をだまらせている。語らせない。社会の関係をさせないようにしている。

 政治の不正がとり沙汰されているのが斎藤知事なのだから、それを片づけるために、自分と関係が少なからずあった広報の会社の社長に、広報をうんとさせることがいる。社会の関係をなすようにして行く。

 政治家は政治をやるのが仕事だけど、広報については必ずしも専門ではない。広報の会社の社長は、政治のことは専門ではないけど、広報については専門を持つ。広報に通じているのが広報の会社の社長なのだから、社会の関係をなすのに適している。

 やるのが適しているのにもかかわらず、適した人に適したことをやらせないようにしているのが斎藤知事なのだから、そこを批判することがいる。適した人が適したことをやるのが必要なのだから、許容されるべきである。許容の範囲の外に置いていて、語らせない。だまらせる。広報の会社の社長に沈黙を強いているのが斎藤知事なのだとすると、そこを批判したい。

 参照文献 『入門 パブリック・リレーションズ 双方向コミュニケーションを可能にする新広報戦略』井之上喬(たかし)編 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹 『政治家を疑え』高瀬淳一 『本当にわかる論理学』三浦俊彦 『哲学の味わい方』竹田青嗣(せいじ) 西研(にしけん) 『思考の「型」を身につけよう 人生の最適解を導くヒント』飯田泰之(いいだやすゆき) 『あいだ哲学者は語る どんな問いにも交通論』篠原資明(しのはらもとあき) 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『現代思想キイ・ワード辞典』鷲田小彌太(わしだこやた)編 『脱構築 思考のフロンティア』守中高明構築主義とは何か』上野千鶴子(ちづこ)編