全体(森)と部分(木)の二つによって、兵庫県の知事についてを見てみると、どうとらえられるだろうか。
日本が全体なのだとすると、兵庫県は部分だ。
部分である兵庫県において、知事のことがとり沙汰されている。兵庫県の職員への不正がうたがわれている知事が、ふたたび選挙で勝ったのである。
選挙で勝ったのが、斎藤元彦知事だ。斎藤知事は選挙で勝ったのだから、正義なのかといえば、そうとは必ずしもできそうにない。
どういうふうにおしはかれるのかといえば、選挙で勝ったのだから(so what?)、知事は正しいのだとは必ずしもできなくて、まちがっていることもある。
たとえ勝てなくて負けたのだとしても、そうだからといってまちがっているとはかぎらない。負けても、負けた人が正しいことが中にはある。
勝ったのが斎藤知事であり、民意をくまなくすくい取っているのかといえば、そうとはできそうにない。兵庫県の全体の民意をくまなくすくい取っているのだとするのは肯定による。肯定だと乱ぼうなのがあって、否定で見るのがなり立つ。政治における相対主義の表現なのが民主主義だ。
肯定ではなくて否定によるのだとすれば、斎藤知事は勝ちはしたが、全体ではなくて部分の民意しかすくい取っていない。兵庫県の全体を代表してはいないのである。脱全体化することがなり立つ。全体は虚偽であり非真実であるのだとするのが否定のあり方だ。肯定は明るさがあるが、否定は暗さをもつ。
部分である兵庫県から、全体である日本に目を向けてみられる。全体である日本では、政治において、中正や中庸(ちゅうよう)な政治の議論ができていない。ほどほどを意味するのが中庸だ。
政治において、思想の傾向(ideology)が強くなってしまう。全体である日本の政治においておきていることが、部分である兵庫県でもおきた。兵庫県の知事の選挙では、濃度が濃いことがおきたのである。
中立な立ち場から判断する思想なのが自由主義(liberalism)だ。自由主義がこわれてしまっていて、なり立たなくなっているのが、全体である日本の政治だ。自由主義がなり立たなくなっていることから、中正や中庸な議論が政治においてなされていない。
日本の政治で、自由主義がこわれているのが、災いする。全体におけるまずさが災いしたのが、兵庫県の知事の選挙だろう。こんかい行なわれた兵庫県の知事の選挙では、斎藤知事がまた勝ったけど、思想の傾向がすごく強かった。選挙がなされている中で、思想の傾向が強いことが言われて、それで人々が動員(mobilization)された。
広いところに目を向けてみると、日本の政治では、思想の傾向が強いことが言われて、それに人々が動員されることがおきているのである。財政で、どんどん日本は借金をせよだとか、どんどん日本は税金を減らせだとかと言われているのがある。財務省は悪魔のように悪い省庁だ。積極の財政や減税の立ち場だ。そこに欠けてしまっているのは、中正や中庸な議論である。
人々が動員されているのだとするのは、人々を否定しすぎだ。人々がもつ有権者としての主体性を否定しすぎているのはあるかもしれないけど、あたりやすさを持ち出すことがなり立つ。あたりやすさとは、体においてのものだ。まだ生々しいような生ものの情報だと、当たりやすい。水分がおちた干ものになっていると当たりづらい。時間がたつことによって干ものになる。学問の知識などだ。学者の姜尚中(かんさんじゅん)氏はそのように言う。
報道への不信やさいぎをもつ。報道で言われていることをそのまま丸ごとうのみにせずに、うたがって行く。報道をうたがうのは良いことだけど、そうかといって、そのほかのところで言われていることをそのまま丸ごとうのみにするのもまた必ずしも良くないことだ。
かんじんなことは、日本の政治において、中正や中庸な議論をして行くことだ。自由主義によるようにして行く。日本の財政なんかでは、財務省を悪魔のように悪いのだとしたり、どんどん借金をするべきだとしたり、どんどん税金を減らすべきだとしたりするのは、中正や中庸な議論だとはできそうにない。思想の傾向がそれなりに強いのである。
表面においてはこう言われているけど、じつはこうなんだというのがある。表面とはちがって、じつはこうなんだの、じつは、のところが、思想の傾向になっていると、ものごとを隠してしまう。現実から離れてしまう。
ものごとを隠す。政治家はそれをすることがしばしばある。どうやって隠すかといえば、反対のことを行なう。語る。語ることによって隠す。良いことを語ることで、悪いことを隠すのである。開示と秘匿(ひとく)の二つである。秘匿するために開示を行なう。隠すために語って行く。
政治家がたとえ良いことを語っているのだとしても、その裏で何が秘匿されることになるのかを見て行く。政治家への批判だ。国民そのもの(presentation)なのではなくて表象(representation)なのが政治家だから、政治家を批判することがいる。心の中の像(image)を外に表現したものなのが表象だ。
いくら選挙に勝ったからといっても、兵庫県の斎藤知事を、そこまで信頼しないようにしておく。斎藤知事をすごく信頼してしまうと、距離がとれなくなって、まひしてしまう。上の地位の政治家と価値を合わせすぎると、一体化してしまい、対象化することができなくなる。
濃さでいえば、うすいのではなくて、けっこう濃いことがおきたのが今回の兵庫県の知事の選挙だろう。全体である日本の政治のあちらこちらで日々においておきていることが、部分である兵庫県で濃い形でおきたのである。部分に、全体が映し出されている。木から森をおしはかることがなり立つ。
日本の上位(宗主国)にあたるといえるのがアメリカだけど、アメリカの大統領の選挙において、思想の傾向が強いことが言われて、人々が動員される。それでドナルド・トランプ大統領が選挙で勝ったところがある。報道への不信やさいぎが深い。報道をうたがうのは良いとして、そのほかで言われていることを、そのまま丸ごとうのみにしがちになる。そのほかで言われていることを、信頼しすぎてしまう。価値を合わせすぎる。
あいまいなところがあるのが正義だ。兵庫県の斎藤知事は選挙で勝ったのだから正義なのかといえば、そうとは必ずしもできそうにない。積極にではなくて消極にしか定義づけできないのが正義であり、不正がないのであれば正義であるといちおうはすることがなり立つ。
兵庫県の斎藤知事にいっさい不正がないのかといえば、そうとはできないだろう。不正は少なからずあるのだから、そこまで正義だとはできないのが斎藤知事である。斎藤知事と対立している兵庫県の議会は正義なのかといえば、議会に不正があるのであれば正義とはできないことになる。議会に不正がないのであれば、いちおう正義であるとすることがなり立つ。
参照文献 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『大学受験に強くなる教養講座』横山雅彦 『楽々政治学のススメ 小難しいばかりが政治学じゃない!』西川伸一 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹 『思考のレッスン』丸谷才一(まるやさいいち) 『情報政治学講義』高瀬淳一 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『信頼学の教室』中谷内一也(なかやちかずや) 『うたがいの神様』千原ジュニア 『増補版 大人のための国語ゼミ』野矢(のや)茂樹 『現代思想キイ・ワード辞典』鷲田小彌太(わしだこやた)編 『悪の力』姜尚中 『よくわかる法哲学・法思想 やわらかアカデミズム・〈わかる〉シリーズ』ミネルヴァ書房 『議論のレッスン』福澤一吉(かずよし)