差別や自殺と、無いことを証明すること:無いことの証明は悪魔の証明

 差別や自殺をいっさいなくす。それらを一つもないようにして行く。

 政治において、差別や自殺をいっさいなくして行くのを目ざすのは、よいことなのだろうか。

 現実論として見てみると、差別や自殺をいっさいなくすことはできそうにない。少しくらいはおきてしまうのが現実だ。

 差別についてをとり上げてみると、それが実体としてあるとはできそうにない。実体としてあるのではなくて、言説としてあるのにとどまる。

 どこかに、手で触れられるような(tangible な)ものとして、差別があるのではない。手で触れられるものなのではなくて、これは差別だとか、差別ではないとかといった言説があるだけなのである。

 げんに差別がおきていて、差別がなされているのであれば、それが実体としてあるような気がするけど、事実であるよりは、意味に当たる。事実の空間だけではなくて、意味の空間に生きているのが人だ。意味の空間の中のものなのが差別だろう。

 まったく差別がないような社会は考えづらいけど、かりにそういう社会があるとして、いっさい差別がないことをじかには証明できづらい。その社会の中で、まったく差別がないことをじかには証明できなくて、間接に証明できるのにとどまる。

 間接に証明するさいには、かりに差別があるのだとして、差別があるのだとすればこうだといった仮説をとってみる。差別があるのならば、優と劣との階層(class)の差がおきているとか、憎悪の表現(hate speech)がなされているとか、不平等になっているといったことがなりたつ。その仮説を否定することができれば、差別がいっさいないかもしれない。

 本当にげんみつに差別をいっさいなくして行くのではなくて、もうちょっとゆるめることがなりたつ。たとえ差別をいっさいなくそうとして行くのだとしても、いっさい差別があってはならないとはかぎらない。

 すごいげんみつなものである厳格主義(rigorism)によるのであれば、いっさい差別をなくして行くのだと言ったのであれば、そう言った時点から、いっさい差別があってはならないだろう。

 がちがちの厳格主義によるのではないのであれば、もうちょっとゆるめられる。あくまでも努力の目標(不完全な義務)として、差別をいっさいなくして行くと言っただけなのだとできる。努力の目標なのであれば、それが達せられていなくてもとくにまずいことはない。

 いっさい無いのは、数字でいえば〇だ。〇の数字は、決めつけているものであり、常識をやぶっているものでもあり、ざっくりとしたものでもある。

 ほんとうに正確に数字で表されるところの〇なのではなくて、数字がもつよい効果をねらう。〇と決めつけることによって、説得性が増す。差別をいっさいなくすことができないのが常識だけど、その常識をやぶることでしょうげきを与えられる。わかりやすさがある数字を使うことで、理解しやすくなる。

 せっかく政治において差別を少しでも減らして行くのを目ざすのであれば、どうせだったら少しでも訴えかける力が高いほうがよい。少しでも訴えかける力が高いほうが、同じことをやるのにしてもより良い。訴えかける力を高めるさいに、数字のよい効果を使う手があり、数字によって決めつけたり常識をやぶったりざっくりとした表し方にしたりする。

 より正確に表すのであれば、差別が一〇〇あるところを、九四.五にして行く。もうちょっと力を入れるのだとすれば、うまくすれば一〇〇あるところを九二.三くらいにできる。

 不正確な言い表し方なのが、いっさい差別をなくして行くことを目ざすことだ。差別が一〇〇あるのを、〇にして行く。不正確ではあるものの、数字がもつよい効果を使えるのがあり、決めつけられるし、常識をやぶれるし、ざっくりとできる。

 すごい正確に言い表したのだとしても、あんまり訴えかける力がおきない。どうせだったら、同じことをやっているのだったら、より訴えかける力が高いほうがよい。そこで、数字がもつよい効果が使われることになる。

 悪いことをいっさいなくして行く。数字では〇にすることだ。その〇は正確ではなくて不正確ではある。正確ではないものの、数字がもつよい効果が使われているのがある。〇ではなくて、もっと正確な数字を使ってしまうと、あんまり訴えかける力がおきないから、そんなに大したことをやっていないんだなと受けとられてしまいかねない。理解されづらいのである。良いことを政治でやっているのにもかかわらずそれが理解されないのだともったいない。

 参照文献 『本当にわかる論理学』三浦俊彦 『差別原論 〈わたし〉のなかの権力とつきあう』好井裕明(よしいひろあき) 『目のつけどころ(が悪ければ、論理力も地頭力も、何の役にも立ちません。)』山田真哉(しんや) 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『構築主義とは何か』上野千鶴子編 『数学的思考の技術 不確実な世界を見通すヒント』小島寛之(ひろゆき) 『空間と人間 文明と生活の底にあるもの』中埜肇(なかのはじむ) 『反証主義』小河原(こがわら)誠