政党は、どのようにあるべきなのだろうか。
与党は、こうあるべきだ。野党は、こうあるべきだ。与党や野党が、どういうふうにあってほしいのかがある。
一つには、事実と価値をふ分けすることがなりたつ。かくある政党と、かくあるべき政党とを分けられる。かくあるのは事実にすぎない。かくあるべきなのは価値なのだから、事実からは自動ではみちびけない。自動でみちびいてしまうと自然主義の誤びゅうにおちいってしまう。
それぞれの政党はそれぞれの考え方を持つ。考え方が、それぞれの政党でちがう。まったく同じふうに考えているのではない。
どういう政策を良しとするのかがある。ぜんぶの政党が同じ政策を良しとするのではない。
こういう政策を良しとするべきだといった求めがある。消費税であれば、それを減税するべきだとか、なくすべきだといったことがある。政策論としてそうされるのがある。
正しい政策をなそうとするのならその政党はかしこい。まちがった政策をやろうとするのならその政党はばかだ。おろかだ。
どの政党も、多かれ少なかれかしこくない。ばかでおろかなところを持つ。ばかさやおろかさの、程度のちがいがあるのにすぎない。
なんで政党はばかになってしまうのかといえば、集団化がおきるからだ。集団の心理がはたらく。集団の浅慮(せんりょ)である。
すべての政党はばかである。ばかさの程度のちがいはあるけど、とんでもなくかしこい政党があるとは見なせそうにない。集団化がまったくおきない政党はない。集団の思考(groupthink)にまったくおちいらない政党はないのである。
空気を読まないばかにしか、この国は変えられない。野党のれいわ新選組のポスターに、そう記されていた。政党のポスターに、ばかの語が使われているのはめずらしい。こう派ではなくてなん派なポスターだ。れいわ新選組や、代表の山本太郎氏は、よい意味でのばかだから、日本の国を変えて行ける。ばかなのがよく働く。
ばかなのはふつうは悪いことだけど、愚行権をもつのがある。できるだけ自由をよしとするのであれば、どの政党も愚行権をもっている。自己決定権(personal autonomy)だ。
ある政党が、消費税を減税しようとしたりなくそうとしたりするのは、その政党の自由ではある。その政党がもつ自己決定権による。愚行権だ。
どこまでの愚行が許されるのかはむずかしい。政治においては、とんでもなくおろかなことをやったら、他者に危害が加わりかねない。すごいおろかなことが政治でなされて、他者に危害が加わることになれば、それは良くないことだ。やってはいけないことである。他者の危害の原則からはそう見なすことがなりたつ。
ここまでの愚行は許されて、ここから先の愚行は許されない。その分かれ目がどこにあるのかは定かではない。きっちりと線を引きづらいのがある。
中立な立ち場から判断する思想なのが自由主義(liberalism)だ。自由主義からすれば、どの政党もかしこくなければならないとはできづらい。どの政党もばかであってはならないとはしづらくて、あるていど(少しくらいは)ばかであっても許される。
ほかの政党の立ち場に立ってみる。立ち場や視点の反転の可能性の試し(test)だ。立ち場や視点を転じてみて、ほかの政党であったとしたらそれを良しとできるかどうかがある。そのことを普遍化できるかどうかだ。
何かの政策にこだわりすぎてしまうと、特殊におちいってしまう。固有の性質だ。消費税だったら、それを減税したりなくしたりすることにこだわりすぎると、特殊におちいってしまう。
つねに当てはまる性質なのが普遍だ。できるだけ普遍によるようにして行く。特殊におちいらないようにして行く。政治ではそれがいる。
強制されないで、行動できる。そうでないと、政党が自由をもっていることにならない。どういう政策をよしとするのであってもその政党の自由に任されていることがいる。この政策を良しとせよといったように、強制されるのだと、他律(heteronomy)だ。
自分の意思によってのぞましい行動をなす。自律(autonomy)である。いまの日本の憲法では自律がよしとされている。どの政党であったとしても他律ではなくて自律で政治を行なう。普遍のあり方である。
あんまり求められることが多くはないのが、自律のあり方だ。強制されることがない。これだけはといったような、ほんとうに最低のものしか強制されない。あとはその政党の自由に任されることになる。
こういう政策を良しとせよといったように、求めることが増えると、政党がもつ自由が減ってしまう。自由が少なくなってしまう。あんまり具体の政策なんかについてはふみこまないようにして、その政党の自由に任せたほうがよい。
どのみちあらゆる政党は多かれ少なかればかである。政党どうしはお互いに多かれ少なかればかどうしなのだから、立ち場がかたよらないほうがよい。自由主義によるようにして行く。どこかの政党だけがとりわけ優れているのだとはしないようにする。ある政党だけがとくに優れているのだとしてしまうと、立ち場にかたよりがおきてしまう。
立ち場のかたよりがおきないようにして、どれかの政党だけをとくに中心化しないようにして行く。脱中心化するようにする。少しくらいはばかなのが政党なのだから、ある政党のことを絶対化しないで、相対化することがいる。政党を相対化できたほうが民主主義ができやすい。相対のものなのが民主主義だ。
参照文献 『構築主義とは何か』上野千鶴子編 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『現代思想を読む事典』今村仁司編 『入門 パブリック・リレーションズ 双方向コミュニケーションを可能にする新広報戦略』井之上喬(たかし)編 『徹底図解 社会心理学 歴史に残る心理学実験から現代の学際的研究まで』山岸俊男監修 『本当にわかる論理学』三浦俊彦 『現代倫理学入門』加藤尚武(ひさたけ) 『超訳 日本国憲法』池上彰(いけがみあきら) 『宗教多元主義を学ぶ人のために』間瀬啓允(ませひろまさ)編 『ぼくたちの倫理学教室』E・トゥーゲンハット A・M・ビクーニャ C・ロペス 鈴木崇夫(たかお)訳 『政治家を疑え』高瀬淳一 『信頼学の教室』中谷内一也(なかやちかずや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『アイデンティティ(identity) / 他者性(otherness) 思考のフロンティア』細見和之(ほそみかずゆき) 『境界線の政治学』杉田敦(あつし) 『ポケット図解 構造主義がよ~くわかる本 人間と社会を縛る構造を解き明かす』高田明典(あきのり) 『こうして組織は腐敗する 日本一やさしいガバナンス入門書』中島隆信