東京都の知事の選挙における陽と陰の政治家の像

 怖さがある。蓮舫(れんほう)氏について、そう言われているのがある。

 はたして、政治家として蓮舫氏は怖いところがあるのだろうか。

 東京都の知事の選挙にでるのが蓮舫氏だ。

 政治家についてを、陽と陰の二つの点から見てみたい。

 批判をばしばしとするのが蓮舫氏だ。そこから怖い人だとされてしまう。

 怖いのは陰に当たるものだろう。怖い人だとされているのが蓮舫氏なのだから、政治家として陰なのかといえば、そうとは見なせそうにない。陽の政治家のところを持つ。

 おもて向きはあんまり怖くはなさそうなのが、現職の小池百合子都知事だ。いっけんすると小池都知事は陽であるようだけど、よくよく見てみると陰のところをもつ。

 学歴でうそをついているとされているのが小池都知事だ。それがあるためか、あんまりばんばんと表に出てこない。ふだんはあんまり表に出てこなくて、かげにひそむ。陰のところがある。

 本当のところはどうかはわからないけど、学歴でうそをついているとされているのが小池都知事であり、うしろ暗い。堂々と表に出てこられないのがある。自分を演出して、良く見せかけないとならない。演出をしてとりつくろった自分を表にさらさないとならない。ぼろが出るとまずいのである。

 比べてみると、怖いとされている蓮舫氏は陽で、そうはされていない小池都知事は陰である。小池都知事と比べてみると、蓮舫氏の陽であるところが浮きぼりになる。蓮舫氏と比べてみると、小池都知事の陰のところが明らかになりやすい。

 ウェブを見ていると、あんまり良くないうわさを見かけるのが小池都知事だ。悪いうわさがいくつか言われている。

 学歴でうそをついていないことを証明するのはできづらい。小池都知事がうそをついていないことを証明するのはじかにはできないのがあり、悪魔の証明になってしまう。

 じかには証明はできないけど、間接に証明を試みることはなりたつ。かりに小池都知事がうそをついているのだとすると、あんまり表に堂々とはでては来られない。ふだんはなるべくかげにひそんでいないとならない。演出で自分をとりつくろいつづけないとならない。うそがはげないようにしないとならないのである。

 改めて見てみると、どうもあやしいところがあるのが小池都知事なのかなといったふうである。なんにもうしろ暗くなければ、陽でいられるけど、陰のところがある。

 ぜったいではなくてあくまでも相対のちがいにすぎないのが陽と陰だ。ていどのちがいにすぎないものではあるけど、もしも小池都知事がいっさいうそをついていないのであれば、蓮舫氏のように陽でいられるはずだ。自信をもって堂々と表に出まくれるはずなのである。

 気でいえば、陽の気をもっているのが蓮舫氏だろう。小池都知事は陰の気のところがあるように見うけられるから、そこがじゃっかんあやしい。陰の気なのだと、こそこそしていないとならないのがあるから、東京都の都知事には向いていそうにない。陽の気をもった人のほうが、その地域の顔としてばしばし表に出まくれるから、都知事(政治家)には向いている。

 参照文献 『韓国は一個の哲学である 〈理〉と〈気〉の社会システム』小倉紀蔵(きぞう) 『うその倫理学』亀山純生(すみお) 『本当にわかる論理学』三浦俊彦 『九九.九%は仮説 思いこみで判断しないための考え方』竹内薫(かおる) 『政治家を疑え』高瀬淳一 『「説明責任」とは何か メディア戦略の視点から考える』井之上喬(たかし)