日本の政治の、全肯定と全否定のあいだ:やり直し(redo)や改善や反省がいる

 これまでのあり方を、ぜんぶやり直す。いままでを、ぜんぶ否定する。

 東京都で、これまで都知事がやってきたことを、ぜんぶやり直すようにする。新しい知事がそれを目ざすのは、ふさわしいことなのだろうか。

 いまの都知事小池百合子氏だ。これまで小池都知事がやってきたことを、ぜんぶ否定する。それでぜんぶを新しくして行く。そこまでは言っていないけど、都知事の選挙にでる蓮舫(れんほう)氏は、小池氏のなしてきたことに批判を投げかけているのである。

 あたかも小池都知事のなしてきたことをぜんぶ否定しているかのように見なすのは蓮舫氏にたいする曲解だろう。あくまでもきびしい批判を小池都知事に投げかけているのにとどまる。

 客観や本質として、東京都のありようが悪いとは見なせそうにない。認識をみちびく利害の関心がある。人それぞれで、どこに関心を向けるのかがちがう。置かれている状況のちがいが人それぞれである。

 ふ分けをしてみると、小池都知事がやってきたことの中には、よいものもあれば悪いものもある。良いものも少しくらいはあるかもしれないから、それは否定しなくてもよい。

 逆にいえば、政治において、良いことをほんの少しもやらないようにするのは難しい。ぜんぶ悪いことだけをやろうとするのは逆にやりづらい。見せかけとして、少しくらいは良いことをやる。その裏で、いっぱい悪いことをやって行く。悪い政治家はそうした政治をなす。

 西洋の弁証法(dialectic)をもち出してみたい。正と反があり、正はそのままのものだ。反はそれに対抗するものだ。正は小池都知事である。反は蓮舫氏に当たる。

 正だけだったら、そのままのあり方が続く。それに対抗するものである反がおきることによってはじめて、合にいたる見こみがなりたつ。合の止揚(しよう)である。矛盾の解決だ。完全なあり方になる。問題が克服される。正にたいする反がないと、合の止揚にいたれない。

 東京都の政治にうかがえるのは、やり直し(redo)がとぼしいところだ。蓮舫氏はやり直し(reset)をうったえているのがあり、それが一部から叩かれているけど、目のつけ所は悪くはないのである。やり直しに目をつけているところは蓮舫氏の良いところだろう。

 どういうふうになりがちなのが政治家なのかといえば、自分がなしてきたことの正当化だ。正当化や合理化をしがちなのである。やり直しが欠けてしまう。これまでのあり方がそのまま引きつづいてしまう。

 東京都にかぎらず、大阪府なんかでも、やり直しの機会がすごくとぼしそうだ。大阪府で権力をにぎっている日本維新の会は、自分たちがやってきたことをかなり正当化や合理化している。政治家がやりがちなのが自己の正当化や合理化だけど、それがもろに出まくっているのである。

 日本の国の政治で何が欠けているのかといえば、やり直しの機会である。できるだけやり直させないようにしている。やり直しの機会をどんどん減らして行く。そうすることによって、与党である自由民主党がずうっと権力をにぎり続けて行けるのである。

 なんで野党がすごい叩かれているのかといえば、やり直しの機会を減らすためなのである。野党はだらしないとか、頼りないとか、楽をしているとか、仕事をしていないとかとされる。野党(民主党)が権力をにぎって、日本はだめになった。経済がだめになった。与党に力をつけさせて、野党の力をそいで行く。野党の力を弱めるようにすることで、やり直しの機会が増えないようにしているのである。

 お金持ちはずっとお金を持ちつづける。貧しい人はずっと貧しいままでいつづける。生活に苦しんでいる人は、ずっと苦しみつづける。自己責任論がとられることになる。生活に苦しむのは、その人が悪い。

 お金がないなどのことによって生活に苦しんでいる人をすくう。そのためには、やり直しの機会をどんどん増やして行かないとならない。お金にかぎらず、色々なことで苦しんだり悩んだりしている人をすくうためには、社会のあり方をやり直す。社会の価値観を改めて行く。社会の価値観を変えて行くことがいる。

 日本では政権の交代がおきづらい。戦後においてずっと権力をにぎり続けてきているのが自民党だ。一九五五年からである。なんで自民党がずっと権力をにぎり続けてこられたのかといえば、日本の政治にはやり直しの機会がとぼしいからである。野党のことを叩きまくっているのがあり、やり直しの機会をどんどん減らしている。

 悩みを抱える人が増えていっている。生が多様化していっているからである。生活に困っている人をすくうことがいるのがおきている。かつてよりもさらに、生活に困っている人を救わないとならないのがあり、そのためには、やり直しの機会をどんどん増やして行く。いままでのように、野党を叩きまくることによって、やり直しの機会を減らしていってはだめである。

 都知事の選挙では、これまでに小池都知事がやってきたことをぜんぶ否定しなくてもよいけど、やり直しはするべきだ。悪い政治家がずっと選ばれつづけてしまうのがあるから、そうならないようにすることがいる。既成の事実に弱いのが日本にはある。

 都知事の選挙において、蓮舫氏の目のつけ所は悪くはない。どんどんやり直しの機会を増やして行くようにすれば、日本のあり方は良くなって行きやすい。改まって行きやすい。これまでのあり方を、自律(autonomy)によって反省して行くようにする。自分の意思によって望ましいことを行なうのが自律である。

 参照文献 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『原理主義と民主主義』根岸毅(たけし) 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『「野党」論 何のためにあるのか』吉田徹 『悩める日本人 「人生案内」に見る現代社会の姿』山田昌弘 『目のつけどころ(が悪ければ、論理力も地頭力も、何の役にも立ちません。)』山田真哉(しんや) 『法哲学入門』長尾龍一 『事例でみる 生活困窮者』一般社団法人社会的包摂サポートセンター編 『トヨタ式「スピード問題解決」』若松義人 『民主主義という不思議な仕組み』佐々木毅(たけし) 『あいだ哲学者は語る どんな問いにも交通論』篠原資明(しのはらもとあき) 『構築主義とは何か』上野千鶴子編 『政治って何だ!? いまこそ、マックス・ウェーバー『職業としての政治』に学ぶ』佐藤優 石川知裕〈現代の全体〉をとらえる一番大きくて簡単な枠組 体は自覚なき肯定主義の時代に突入した』須原一秀(すはらかずひで) 『社会を結びなおす 教育・仕事・家族の連携へ(岩波ブックレット)』本田由紀脱構築 思考のフロンティア』守中高明橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹