少しくらい、政治で不正なお金を作っていてもよい。汚いお金を作っていてもよい。テレビ番組の出演者はそう言っていた。
法の決まりに反するお金を作っていても、そこまで悪くない。そのかわりに、政治で何か大きなことをなしてほしい。でかいことをなすことを望む。テレビ番組の出演者はそう語っていた。
何か政治で大きなことをなしさえすれば、不正なお金を作っていても良しとできるのだろうか。汚いお金を作ることの埋め合わせになるのだろうか。
うら金を作っていた政治家をとり締まると、よい政治家がいなくなってしまう。能力が高い政治家が、政治の世界から去ることになってしまう。そうも言われていた。
たしかに、あまりにもきれいすぎる政治は逆に現実味がうすいのはあるかもしれない。きれいすぎる水の中には魚は住みづらいという。あるていどの汚れは政治にはつきものではあるだろう。大人のじじょうである。
かつてと比べてみると、だんだん政治家が小つぶになっていっている。世襲の政治家でいえば、一世、二世、三世と下るにつれて、だんだんだめになって行く。下降していっているのである。
いまの政治の世界は、人材がとぼしい。多数派の中に、これはといったような政治家を見出しづらい。きびしく見てみれば、少数派の中に少し良い人材がいるくらいだろう。
お金についての法の決まりを守って行く。そのことと、政治で何か大きなことをなすこととは、必ずしもつながり合っているものだとは見なしづらい。その二つはふ分けすることがいる。いったんふ分けすることが成り立つ。
いっさいお金を得てはならないわけではなくて、法の決まりで許されているお金の得方がある。許されている中のものなのであれば、権利として認められる。許されているのを超えてしまうと、不正なお金になる。特権だ。
与党である自由民主党だけ、うら金を作るのが許されるのだと、特権をもつことになる。権利であれば認められるけど、特権は認められそうにない。普遍化することができない差別なのが特権だから、それをなくして行くことがいる。
形式に当たるものなのが法の決まりだ。形式にあたる、法の決まりをやぶったとしても、政治で何か大きなことをなして行く。そのさいの政治で大きなことをなすことは実質だ。
実質それそのものは、良くわからないものだ。実質だけを見てみてもよくわからない。形式と組みで見てみることがいる。
政治のお金の決まりは形式に当たるから、それを守って行く。形式をふまえたうえで、実質をなして行く。実質として政治でよいことをなして行くようにする。形式を押さえたうえで実質をやるようにしたほうが、支えが強い。
自民党の政治家は、形式を抜きにして実質をやっているのである。支えが弱い。形式を押さえないで実質をやっているから、政治で悪いことをやっている見こみが低くないのである。
いちばんかんじんなのは、政治で何かをなすことなのだから、形式よりも実質のほうが重い。そうした見かたもできなくはないけど、そうなってくると、じかの実質の話になってくる。じかの実質の話だと、だから何なのだ(so what?)といったことになる。
いっぽうではうら金をせっせと作っていながら、たほうでは愛国を語る。日本の国を愛することを語り、日本の国を良くすることを言う。これはじかに実質をとるあり方だ。そこにあやしさやうさん臭さがあることはいなめない。いんちきくささがある。いっぽうでは私利のためにうら金を作っているからだ。利己に走っているのである。愛国を語っていたとしても、だから何なのといったことになる。
必ずしも大きなことをなそうとしなくてもよいから、形式をしっかりと押さえるようにすることが政治家にはいる。じかに実質を取りに行かなくてよい。形式の支えを抜きにするのではなくて、支えを強めるようにして、そのうえで実質をなすようにしたほうが無難なのである。
義をなすのでは、お金持ちからお金を盗んで、貧しい人にお金を配る。これは形式を抜きにした、じかの実質のところがある。そういう義のやり方もあるけど、うら金を作っていた自民党の政治家は、それとは逆だろう。不義である。不正である。
何が義なのか。それは定かではない。政治で、大きい義をなそうとするのだとしても、そもそも義とは何かがよくわからない。さしあたっては、不正がなければいちおうは義だと見なせるのにとどまる。うら金を作っていた自民党の政治家は、不正をはたらいていたのだから、そこに義があるとは見なしづらい。大きな義をなしようがないのである。
とりあえず形式の法の決まりを守って行く。形式を押さえるようにして行く。形式をふまえるようにしたほうが、(大きな義がなせるかどうかはともかくとして)不正をなすのは避けられる。不正がないのであれば、いちおうは義にあたることができる見こみがある。
たとえ大きいことではなかったとしても、広くとらえてみて義にあたることができているのであればその政治家はまずまずであると見なせる。まずまず良い。そんなに大きなことをやろうとしなくてもよくて、それよりも形式の法の決まりを押さえるようにすることが政治家はかんじんだ。
参照文献 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『論理的な思考法を身につける本 議論に負けない、騙(だま)されない!』伊藤芳朗(よしろう) 『法哲学入門』長尾龍一 『大学受験に強くなる教養講座』横山雅彦 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『増補 靖国史観 日本思想を読みなおす』小島毅(つよし) 『世襲議員 構造と問題点』稲井田茂(いないだしげる) 『議論入門 負けないための五つの技術』香西秀信