都知事選における個人の原理のあり無しと、勝ち負け

 どの政治家が、東京都の知事の選挙で勝つのだろうか。

 勝てる見こみがある政治家は、個人としての原理をもっている政治家だ。

 なんで原理をもっていると都知事選で勝てる見こみがあるのかといえば、その政治家が何を言ったりやったりするのかの予測がつきやすいからである。予測の可能性(predictable)をもつ。仲間を作りやすいのである。

 外の思考がある。フランスの思想家のミシェル・フーコー氏による。国を中心化するのを避けて、脱中心化して行く。脱全体化して行く。個人としての原理をもっていれば、国を超えやすい。集団を超えやすい。国を批判しやすいのである。越境(trans)がなりたつ。国家主義(nationalism)におちいらずにすむ。

 左派の女性の政治家である、野党の立憲民主党蓮舫(れんほう)氏は、都知事選にでることを決めた。

 個人としての原理を持っていると見なせるのが蓮舫氏だ。

 いまの都知事小池百合子氏だ。現職である小池氏は、選挙で有利だとされている。現職と戦うのはしょうじき言ってこわい、と蓮舫氏はもらしている。

 いっけんすると強そうなのが小池氏だけど、個人としての原理をしっかりと持っているとは見なせそうにない。原理をもっていないと予測の可能性がないから、仲間を作りづらい。

 テレビの番組なんかでは、出演者がしきりに小池氏をよいしょしている。しきりにかばう。甘やかす。きびしく批判をしない。小池氏をよいしょしている出演者は、小池氏のお仲間ではあるけど、利害で結びついているのにすぎないものだろう。

 どれくらいの数のお仲間が小池氏にはいるのかといえば、とんでもなく多いわけではないかもしれない。もしかしたらそこまで多くはなくて、あんがい少ないかもしれない。

 上げ底にされているのが小池氏である。ほんとうはそこまでお仲間は多くはないけど、すごい水増しされている。じっさいの数よりも水増しされているから、あたかもけっこうお仲間が多いかのように映る。

 誰が勝つのかでは、蓮舫氏が勝つかもしれないし、現職の小池氏が(もしも出馬したら)勝つかもしれない。またはほかの立候補者が勝つのかもしれない。どうなるのかはわからないけど、もしも選挙においてまっとうな競争がなされるのだとすれば、個人としての原理をもった人が勝つことになる。原理をもっていない人は負ける。そうであることがのぞましい。

 仲間を作るうえでは、テレビの出演者からよいしょされてはいないのが蓮舫氏である。少なくない出演者から、番組の中で強く叩かれている。それだけ蓮舫氏がテレビの世界などから警戒されていることがうかがえる。たくさんの仲間を作られたら困るから、それをさせないために、テレビなどで強く叩かれているのだろう。抑えこむもくろみだ。

 日本の国のありようが、良いほうに転じることがいる。与党である自由民主党は、個人としての原理をもった政治家がほとんどいない。原理をもった政治家がほぼ無に等しい。そうであることから、政党として色々な不祥事を抱えこみまくっている。

 自民党とつながりがあるのが小池氏だ。ゆ着し合う。悪い複合体が形づくられている。政治とテレビの世界なんかでも、悪い複合体が形づくられているのがあり、政と報の結びつきだ。

 政と報の結びつきにおいて、小池氏はお仲間からよいしょされているのである。よくない持ち上げ方だ。政と財の結びつきもあるのが小池氏である。蓮舫氏がテレビの出演者などから強く叩かれているのは、政と報や政と財などの複合体の外にいるからだろう。どちらかといえば外にいる。

 参照文献 『安心社会から信頼社会へ 日本型システムの行方』山岸俊男 『法律より怖い「会社の掟」 不祥事が続く五つの理由』稲垣重雄 『共謀者たち 政治家と新聞記者を繋(つな)ぐ暗黒回廊(かいろう)』河野太郎 牧野洋(よう) 『現代思想を読む事典』今村仁司編 『信頼学の教室』中谷内一也(なかやちかずや) 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『「戦争と知識人」を読む 戦後日本思想の原点』加藤周一 凡人会 『ナショナリズム 思考のフロンティア』姜尚中(かんさんじゅん) 『公私 一語の辞典』溝口雄三現代思想キイ・ワード辞典』鷲田小彌太(わしだこやた)編